「ずいぶんと偉そうなこと言ってましたよね?」泥酔した忘年会で役員に暴言を吐いた平社員の「想定外すぎた末路」
Finasee / 2024年12月20日 18時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
金曜日の忘年会で泥酔した結果、かばんをまるごとなくした人事部勤務の真也(32歳)は反省していた。猛省したが、現金はもちろんクレジットカードも何もかも戻ってこない。
週が明けて出勤すると、まわりの社員たちの様子がおかしいことに気づく。同僚にそれとなく聞いてみると、覚えてないのかと驚かれる。
忘年会で酔った真也は役員の松井(58歳)に容赦ない暴言を吐いたという。全く思い出せない真也は青ざめるが、そんな矢先、松井に呼び出されてしまう。
●前編:「え、覚えてないんですか? 」会社の忘年会で泥酔…“記憶にない大失態”を乗り越える方法とは?
冷や汗が止まらない松井の後ろを歩きながら、真也はネクタイをいじり、ジャケットにしわがないかをしきりに確認する。とはいえ、もうそんなことに意味はない。
地獄だ。真也は俺が一体何をしたっていうんだと内心で頭を抱える。いや、酒のせいで記憶にないだけで何をしたのかは明確で、全て自業自得と言われればそれまでなのだが。
エレベーターに乗り、上階へ向かう。松井はそのあいだ、一言も発さない。高そうなスーツのきれいな肩のライン越しに見える横顔は、たぶん相当に怒っている。
役員室に着いた松井は「まあ、腰かけて楽にして」と言ってくる。当然断って直立姿勢を固辞した。試されているのか? だとすれば最善手は何だ? 先手を打って謝罪すべきか? それともひとまず話を聞くべきか? 真也のなかで答えの出ない思考が堂々巡りを繰り広げる。まとまらないうちに、執務椅子にどっかりと腰かけた松井が先に口を開く。
「金曜は、ちゃんと帰れたか?」
うっわ、これは間違いなく試されている。終わった。役員にどんな権限があるかは不明だが、よくて地方支社に左遷だろう。クビを言い渡されるかもしれない。いや、最悪、誹謗(ひぼう)中傷で訴えられることも覚悟しておくべきだろうか。
「あの、取締役、金曜日のことですが、とても、常軌を逸した、すさまじい失礼があったようで、あ、えっと、ようでというのは、その、記憶が、曖昧でして…………大変申し訳ございません!」
真也は稲光のような素早さで90度に腰を折った。勘弁してくれ。もうすぐ子供が生まれるんだ。なんとか許してもらわなければいけない。
「すさまじい失礼。……確かにそうだな」
松井の野太い声が神妙に響く。もう松井の顔を見ることはできない。それなりに気を使ってきれいにしている革靴のつま先に、情けない顔の自分がぼんやりと映っていた。
「本当に覚えてないのか?」
「えっと、はい……恥ずかしながら……」
「あの様子じゃ無理もないか」
「はい、まあ、そうですね……」
心臓が胸を食い破って外へ出てきてしまいそうだった。真也の額から、大粒の嫌な汗が滴って、床に落ちた。
あんたさっき、ずいぶんと偉そうなこと言ってましたよね?社員との交流を、とテーブルを順繰りに回っていた松井の肩に、いきなり腕を回したのが真也だった。この時点ですでににぎわっていた卓はぴたっと静まり返り、気まずい空気がまん延していたことは言うまでもない。そしてもちろん真也がそのことに気づけるはずもないことも。
「松井さん、あんたさっき、ずいぶんと偉そうなこと言ってましたよね? 何でしたっけ? そう、あれあれ、あれですよ。社員は家族、でしたっけ? ちゃんちゃらおかしいでしょ!」
真也はジョッキのビールをあおり、店員を呼びつけておかわりを注文する。空になったジョッキを握ったままマイクに見立て、「どんなお気持ちでの発言なんれすか!」と回らないろれつで松井に詰め寄る。
「ぼかぁね、知ってるんれんすよ。この会社は詭弁(きべん)だらけらってね! ねえ、分かってんれしょ? ねえ、松井さんってばぁ」
「君、少し飲みすぎだ」
松井は口元に押し付けられる空のジョッキを手でどかし、真也の腕を肩から外す。
「はぁ? 飲まなきゃやってらんねえすよ。それにね、そうやって、ごまかすのがこの御社の悪いところれあります! ……あ、痛」
勢いよく敬礼した真也は手に持っていたジョッキを自分の額にぶつける。
「おい、瀬戸、いい加減にしろ」
「松井さん、すいません」
同じテーブルの同僚たちがフォローに入り、代わりに頭を下げてくれる。しかし松井から真也を引き離そうとする同僚たちに、真也はあらがってみせる。
「いいれすか、松井。社員は家族なんて、うそこいてんじゃないよ。覚えてないのか? 俺の、俺の尊敬する山下先輩が、どんだけ大変な思いして、このクソ会社を辞めなきゃいけなかったか。覚えてねえとは言わせねえぞ、このやろー」
山下というのは、真也がまだ営業部にいたころ、指導役として面倒を見てくれた先輩社員だ。営業成績もよく、社内外の信頼も厚かった彼女はいわゆるバリキャリと呼ばれるタイプの人だった。
しかしそんな彼女が妊娠したことをきっかけに、これまでの貢献などなかったかのように会社は手のひらを返した。産休と育休でおよそ2年、職場へ戻ってきた彼女に社内での居場所はなくなっていた。膨大な量の業務が山積みになっているなか、彼女が残業を断ったり子供が体調を崩して急きょ保育園に迎えに行かなければならなくなったりすれば、容赦なく白い目が向けられた。
おそらくただ1人、真也だけが最大限彼女をサポートしようとしていたように思う。しかしそんな折に人事部への異動が告げられ、山下は間もなく会社を去った。
それがたった6年前の出来事。そしてその6年前、営業部を指揮していたのが松井だった。
だから許せるはずがなかった。そんな男性優位思想の権化のような男である松井が「社員は家族」などと、歯の浮くようなセリフを堂々とのたまい、称賛されていることが我慢ならなかった。
「おい、瀬戸やめろ」
「もうお前、黙っとけ」
しかし、松井につかみかかろうとした真也は、あっけなく同僚たちに羽交い絞めにされた。もみくちゃにされるなかで、ほんの一瞬山下の姿が思い浮かんだが、すぐに消えていった。
頭を下げる松井「……とまあ、こんなもんだな」と、松井に忘年会での失態を聞かされているあいだ、真也は生きた心地がしなかった。別人だと、愚にもつかない言い訳を思い浮かべたが、小学生でも使わないだろう言い訳が思いつくあたり、完全に詰んでいることの証拠のように思えた。
「本当に、申し訳ございません……」
もはやぐうの音も出ない。どんな理由があったとしても無礼は無礼。社会人であることを内面化している真也にできるのは、ひたすらに謝罪することだけだった。
だが松井の声は無情に響く。
「いいんだ。口の謝罪なんていらないよ。君にはしっかり、自分がしたこと、した発言の責任を取ってもらう」
「はい……」
かすれた声しか出なかった。必死の謝罪程度で取り返しがつくはずもない。終わったのだ。真也は今日どんな顔で家に帰ればいいのか分からなかった。
「来年度から、本格的にコンプライアンス室を設置したいと思っているんだ。君にはその室長補佐として、私のサポートをしてほしい」
「……は?」
気の抜けた低い声が出た。腰を折ったまま顔だけを松井に向けた。
「山下くんのことは、私も反省しているんだ。働きやすい会社だなんだと言って、当時の私は目先の数字を追うばっかりで、何もやろうとしていなかった。もちろん君が私や会社を恨んでいたことも、まったく気づいていなかった。すまない」
松井は頭を下げた。真也はこれっぽっちも状況がのみ込めず、顔だけ前を向けた不格好なお辞儀姿勢のまま、あんぐりと口を開ける。
「今度は酒の勢いではなく、仕事として、この会社を変えるために力を貸してほしい」
改めて真也を真っすぐに見据えた松井にそう言われ、ようやく首の皮1枚つながった実感が湧いてくる。いや、ただの平でしかない自分がコンプライアンス室の室長補佐になるのだから、これは出世とすら言えるのではないだろうか。
なんにせよ、酒はしばらく見たくもないが、けがの功名とはこのことを言うのだろう。
「誠心誠意、がんばります」
真也は返答が合っているのかどうかも分からないまま、差し出された松井の手をおそるおそる握り返した。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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