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年末のご近所騒動、もしお向かいがゴミ屋敷だったら…昔はまともだった老婦人がゴミ屋敷の主に変貌したワケ

Finasee / 2024年12月21日 11時0分

年末のご近所騒動、もしお向かいがゴミ屋敷だったら…昔はまともだった老婦人がゴミ屋敷の主に変貌したワケ

Finasee(フィナシー)

年末の冷え込む午後、換気のために2階の寝室の窓を開け放つ。冷たい空気に肩をすぼませながら、春子はクローゼットの整理をする。収納ケースがかぶっているほこりを雑巾でふき取り、いるものといらないものを選別していく。

ふいに、クローゼットの奥には隠すように黒い布をかぶせてある段ボール箱が目に入る。胸のうちに湧いたざわつきを気づかなかったことにして、春子は拭き掃除を続ける。もう10年もたっているのに、まだこんなにも心をかき乱される自分にうんざりした。

「また少し増えたみたいだな……」

声がして振り返ると、窓を拭いていた夫の修司が手を止めて外の様子をじっと見ている。春子がとなりへ行くと、思わず顔をしかめたくなるような、もうすっかり慣れてしまった日常風景が見える。

道路を挟んだ向かいの家。かつてきれいな芝で覆われていた庭には無数のゴミ袋が積み上げられ、今や見る影もない。家具の一部と思われる木片、壊れた自転車、さびついた金属の塊――。それらがブロック塀の高さを越え、隣家に崩れかかりそうになっていた。

いわゆる「ゴミ屋敷」だ。

向かいの家の主は、志村和世という独居老人。関係が良好だったころに、本人から焼け跡世代だと聞いた覚えがあるため、おそらく現在は80歳を超えているはずだ。

そんな彼女の姿は、最近ほとんど見かけることがない。どうやら外に出るのは必要最低限の買い物のときだけで、月の大半はあのゴミ屋敷の中で過ごしているらしい。

あの家の中でたった1人、彼女はどんなふうに過ごしているのだろうか。

「……あのままだと火事になりかねないな。冬は特に乾燥するから危ないし」

「そうね」

外から見る限り、敷地内にはダンボールや新聞紙といった紙ゴミも多い。火がつけば一気に燃え広がるだろう。万が一、和世の家で火災が起きれば、近隣にも甚大な被害が及ぶ可能性がある。

「どうにかならないのかな……」

春子のつぶやきに、夫は肩をすくめて言った。

「いい加減役所が動いてくれるといいんだけどな」

「そうねえ……」

夫の言葉に、春子は曖昧にうなずくだけだった。

行政代執行によるゴミの撤去費用は、1回200万円前後かかる場合もあると言われている。しかしそれだけの費用を投入しても、家主が改心せず、数年後にはゴミ屋敷に逆戻りしてしまうケースもあるらしい。役所としては、どうしても慎重にならざるを得ないのだろう。

視線は再びゴミ屋敷へと向かう。

冷たい風が吹きつけ、庭に積み上げられたゴミの隙間から、乾いた音が響いていた。

それはどこか不吉な響きに感じられ、春子は思わず身震いした。

「もうひと頑張りしてお茶にしよ」

心の中に立ち込めた暗雲を振り払うように、春子は夫に声をかけた。

しかし、言葉にできない不安は、どこか根深く胸に張り付いているようだった。

長年連れ添った夫を亡くして…

あくる日の午後、春子が玄関ポーチの植木に水をやっていると、向かいのゴミ屋敷の前に見慣れない車が止まっているのが見えた。壊れた門扉を挟んで、役所の人らしい作業着姿の男性2人と和世が何やら話し込んでいる。

いや、話し込んでいるというよりも、家に入ってこようとする2人を和世が遮っているというほうが正しいかもしれない。3人の雰囲気はけんのんだった。

「これはゴミじゃない! 勝手に入ってくるんじゃない! 不法侵入だ! 近寄らないで!」

「……だけどね、志村さん、ご近所にも迷惑がかかってるんですよ。このままだと、行政代執行で強制的に撤去することになるからね」

和世の鬼気迫る様子は、普通ならはた迷惑な騒動に映るはずが、春子の胸には鈍い痛みが走っていた。

和世の家が「ゴミ屋敷」と呼ばれるようになったのは、今から6年ほど前。彼女が長年連れ添った夫を亡くしてからのことだ。それまでの和世は、春子にとって優しく気さくな良き隣人だった。庭仕事が得意で、季節の花を育てるのが趣味だった和世は、よく春子にも花を分けてくれた。

「春子さん、このラベンダー、いい香りでしょう? 良かったら持って行って」

「わあ、立派な株! ありがとうございます、和世さん」

当時の笑顔を思い出すたび、春子はやりきれない気持ちになってしまう。

そうして何もしないまま、ぼんやりと眺めているうちに、和世の姿はゴミ屋敷の中に消え、役所の人たちも車に乗って立ち去っていった。

春子は無意識に握りしめていた手を開く。ひどく冷たいのに、手のひらにはじんわりと汗がにじんでいた。

これは全部、私の大事なものなの!

ある朝、春子は外の物音で目を覚ます。寝室から窓の外をのぞくと、向かいのゴミ屋敷の前に複数のトラックが止まり、人々が慌ただしく動き回っていた。

作業服を着た役所の職員たちが次々とゴミを積み込み、どんどん敷地を片付けていく。

ついに行政代執行の日が来たのだと思った。

「やめとくれよ! これは私のものなんだよ!」

和世の叫び声は、作業音にかき消されていった。敷地内には、古びた段ボール箱、壊れた家電、捨てられた家具など、数えきれないほどのゴミがため込まれていたが、トラックの荷台に収められるとどんなものもただの廃棄物に変わった。

和世は玄関先で職員たちにつかみかかろうとしていた。

細い腕を振り回し、泣き叫ぶその姿は痛々しいほどだったが、職員たちは一切手を緩めることなく作業を続けた。

和世の家の周囲には平日の朝だというのに多くの人がやじ馬として集まり、冷ややかな好奇心とスマホのカメラを向けていた。

春子は人知れず唇をかみしめていた。

「お願い、やめてちょうだい! これは全部、私の大事なものなの!」

和世の悲痛な叫びが再び響き渡る光景を、春子はただ立ち尽くして眺めていた。

行政代執行による大掃除が終わると、敷地内のゴミはほとんどなくなり、ところどころ雑草が繁茂し、まくれた土が見える無残な庭があらわになった。職員たちが最後のゴミ袋を積み終えてトラックを発車させると、住宅地には穴が空いたような静寂が訪れた。

集まっていたやじ馬たちは、散り散りになり自分の家へと戻っていく。玄関の段差には背中を丸めてうなだれて座る和世の姿だけが取り残されたようにあり、季節外れのセミの抜け殻を思わせた。

地域に巣くっていた迷惑なゴミ屋敷が掃除され、ほっとした気持ちもある。しかし同時に、これでよかったのだろうかという気持ちもあった。

春子はロングコートを羽織って外に出た。自分にできることは何もないと知りながら、居ても立ってもいられなかった。

外に出ると、思っていたよりもはるかに冷たい空気が春子の肌を刺した。

●思わず和世に寄り添ってしまう春子。ゴミ屋敷に変貌した理由とは……。後編【「気が付いたら持って帰ってしまうの」貯金なしで老後を迎えたゴミ屋敷に住む80代女性が「ゴミを集め続ける理由」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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