「君じゃないとダメなんだ」8年付き合った彼から御曹司に乗り換えた結果…アラサー女性が知った「セレブな彼の驚きの秘密」
Finasee / 2024年12月24日 18時0分
Finasee(フィナシー)
一面の窓の外には都内を一望できる夜景が広がっている。舌をかみそうな名前のワインと素材からこだわり抜いたフレンチのフルコース。一流ホテルのレストランで過ごすディナーとはこんなにも夢のような時間なのかと、夏子は恍惚(こうこつ)とした気分になる。目の前では、見るからに上等そうなスーツやウン百万はくだらないであろう高級時計を当たり前のように身に着けている高宮陸人が、上品な所作でグラスを掲げ、ワインで唇を湿らせる。
来年で30歳になる夏子よりも4つ年上なせいか、あるいは経済的な豊かさ由来なのか、陸人が醸し出す余裕には徹頭徹尾、完全無欠ともいえる品がある。学生時代から現在まで付き合っている同い年の彼氏である健太とは比べるまでもない。
「夏子さん、今日は時間を作ってくれてありがとう。それでね」
そういうと、陸人はテーブルの上に上品にラッピングされた長細い箱を置いた。計算したような十字で箱に巻き付いているリボンが、店内の柔らかな照明を受けてほんのりと輝く。
「あの、高宮さん。こんな高価なものいただけません」
「夏子さんに似合うと思ったんです。開けてみてください」
夏子の勤める会社の御曹司である陸人の声には、他人に有無を言わせないような力強さがある。夏子は言われるまま、箱を手に取ってリボンをほどいていった。
「わぁ……すごくかわいい」
思わず声が漏れ、ほのかにジャズが聞こえる静かで穏やかな店内に似つかわしくない振る舞いをしてしまったと恥ずかしくなる。しかし陸人はうれしそうに、目元にしわを寄せてほほ笑んでいる。
「ルビーは夏子さんの誕生石でしょう? 前に言ってたから、探してみたんです。ほら、つけてみて」
そう言って立ち上がった陸人は箱に収まっていたネックレスを持って夏子の後ろへと回り、首につけてくれる。案外指先は不器用なのか、思いのほか時間がかかったせいで、夏子は陸人の体温を背中越しに感じていた。
「やっぱり。すごく似合ってる」
陸人がそう言って指さす夜景に彩られた窓には、胸に紅を煌(きら)めかせる自分がうっすらと映っている。たったひとつのアクセサリーを身に着けるだけでこんなにも見違えた自分がいることに、夏子は驚いたまま言葉を失った。
「夏子さん、よかったら僕と、お付き合いしてもらえませんか。必ず幸せにすると誓うよ」
甘く響いた陸人の声が夏子のみみたぶを優しく打った。それを引き金としてあふれる感情を抑えようとして、夏子は手で口元を覆った。
こんな夢のような時間の終わりに、こんな素晴らしいことがあってもいいのだろうか。
きっと陸人は、これまでの人生で夏子が知らなかったことや経験することのなかったものをたくさん見せてくれるだろう。陸人と2人で過ごす時間はとびきりにすてきで、刺激的で、かけがえのない時間になるに違いない。
「……私で、いいんですか?」
「夏子さんがいいんです。いや、夏子さんじゃなきゃ駄目なんです」
8年も付き合っていまだに結婚に煮え切らない健太のことなど忘れ去って、夏子は陸人に向かってうなずいた。
幸せだった生活に暗雲が立ち込める夏子が陸人に出会ったのは、28歳のときに初めて転職をした会社で迎えた最初の夏のことだった。
慣れない環境での慣れない仕事にストレスをためつつあった矢先、現場を学ぶためにとジョブローテーションで各部署を回っていた陸人と知り合った。とはいえホームページの顔写真でしか見たことがない社長の一人息子と何か関わりがあるわけでもなく、ただ同じ部署にいる住む世界の違う人であることに代わりはなかった。
しかしある日、たまたま社食でのランチのタイミングが重なった。意外と庶民的なんだなと550円のBセットのトレーを持ちながら混みあう社食で座る席を探している陸人を遠目から見ていると目が合った。陸人は真っすぐに夏子のほうへ歩いてきて、目の前で立ち止まった。
「同じ部署の沢田さん、ですよね? 一緒にいいですか?」
夏子はうなずいて、別に広範囲を占領しているわけでもないのに居ずまいを正した。混みあっていると言っても、他にも空いている席はいくつもあった。
その日をきっかけに、夏子は何かと陸人と話すようになった。仕事終わりに子供のころからよく行っているというおしゃれなイタリアンや厳かな雰囲気の料亭に連れて行ってくれたり、夜のドライブに行ったりした。
夏子には健太という学生時代から付き合い同棲している彼氏がいたが、マンネリ化した関係は冷え切っていたし、どこかに出掛けるようなことはもちろん、会話すらほとんどない日さえあった。
だから去年のクリスマスイブ、ホテルのレストランで夜景を見下ろしながらされた陸人の告白に、夏子は迷わず答えた。
翌日、有休を取って仕事を休み、健太が出掛けているあいだに荷物をまとめ、書き置きを残して部屋を出た。駅前で陸人に拾ってもらい、そのまま陸人が住んでいる港区のマンションで暮らし始めた。健太からは何度か連絡が来ていたが、夏子が再度電話で一方的に別れを告げると、もう何も言ってはこなかった。
自分でも大胆なことをしたと思う。しかしそう決断せざるを得ないと思うほどに、進展しない健太との関係にはうんざりしていたし、陸人の愛情は深く、彼と過ごす時間は魅力的だった。何よりごく平凡な母子家庭でごく平凡に育ち、中堅の短大を出て平凡なOLになった夏子には、陸人が見せてくれる世界は刺激的だった。憧れていたセレブの世界に、夏子は足を踏み入れたのだ。
そんなことを思うのは、もうじきクリスマス――陸人と付き合って1年がたつからだろう。
陸人と一緒に暮らしていることは会社には秘密になっている。社長の息子と付き合っていることが知られると、職場でやりづらいだろうという陸人の配慮だった。
社食へ向かう途中の廊下で陸人とすれ違った。すでに専務になっている陸人と会社で関わることはほとんどなかった。こうしてすれ違うようなことがあっても、ほかの社員も一緒なのでアイコンタクトだけをして話したりはしない。
いっそのこと公表してしまったらと思わないでもなかったが、陸人の優しさはうれしかったし、こういう社内のやり取りも2人だけに通じる暗号のようで、秘密めいた付き合いは刺激的でもある。
ランチセットを食券と引き換え、同僚たちと空いている席に座る。
「そういえば、高宮専務いたね。かっこよかったぁ」
「背高くて顔もよくて優秀で御曹司。言うことないよね、ほんと」
同僚の佐藤が思い出したように、さっきすれ違った陸人のことを話題にし、同じく同僚の山岸が同調する。
陸人は社内でも人気がある。そんなとき、夏子は内心勝ち誇った気分になる。
「いいよなぁ、奇跡の玉の輿(こし)とか起きないかなぁ」
「起きない起きない。だって高宮専務、いいなずけいるらしいし」
「え」
と思わず声が出ていた。夏子は動揺を取り繕いながら「そうなんだ」と言ってみそ汁を飲む。
「ほら、百川製鉄の令嬢」
「あ、そのうわさ、私も聞いたことあるかも」
テーブルは食事そっちのけで、どんな人なんだろうという話題で盛り上がっていく。
夏子は目の前でくり広げられるうわさ話についていけず、曖昧な相づちを打ち続けていた。
●高宮にはいいなずけが居た……? 疑惑に動揺する夏子に真実が降りかかる。後編【「愛人になれってこと?」御曹司とのセレブな生活に迫る婚約者の影…うそのない愛の言葉に込められた「本当の意味」とは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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