「母さんとは、お互い再婚だったんだ」今は亡き母、出生の秘密を知った30代娘が「たどり着いた末の父への提案」
Finasee / 2024年12月25日 18時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
美果(35歳)は腰を悪くした父親の大掃除を手伝うために、年末に実家へ帰省した。母が3年前に病気で亡くなってからすっかり元気がなくなってしまい、ろくに片付けをしていなかった実家にはほこりや不用品がたまっていた。
母が死んで以来、父は美果を遠ざけるようなよそよそしい態度を取るようになっていたが、懐かしいアルバムが見つかって昔話に花が咲いたり、久しぶりに父と楽しい時間を過ごすことができた。
しかし、押し入れの奥にあった古い缶を明けると、父の母親から届いた古い手紙が見つかり、中を読んでみると、父とは血がつながっていかなったことが明らかになる。
●前編:「血のつながった子供でなければなおさらです」実家の大掃除で明らかになった「家族の触れてはいけない過去」
衝撃の事実美果が問い詰めると、昭道は視線をそらした。
「何かの間違いだろう」
「そんなわけないでしょ。何言ってんの」
美果は立ち上がり、昭道に手紙を突きつける。
「別にいまさらどうってこともないけどさ、隠されてたのはちょっと傷つくよ。訳くらい教えてくれたっていいじゃん」
昭道はしばらく黙っていたが、やがて観念したように深く息を吐くと言った。
「分かった。全部話す。缶を持って下に降りてきてくれ」
美果は昭道の言葉に従った。早く話を聞きたい気持ちと同時に、聞くのが怖い気持ちもあった。きっとどんな真実だったとしても、聞いてうれしいような話ではないだろう。そう思ったら余計に怖くなって、美果は心を武装するように2人分のお茶を入れた。
網戸になっていた窓を閉め、向かい合う机に湯気の立つお茶を並べる。冷たかった空気の温度が少し上がったような気がするが、からだの芯は相変わらず冷え切っている。
「母さんとは、お互い再婚だったんだ」
美果が座布団の上に腰を下ろすと、昭道はゆっくり息を吐くように少しかすれた声で言った。
「母さんの働いてた定食屋の常連だったって言うのは?」
「それは本当だ。出会ったとき、俺はすでに離婚していたが、母さんには生まれて間もないお前がいて、まだ前の旦那がいた」
奪ったのだろうか、と思ったが言わなかった。ちゃかすようなつもりはなかったし、真面目を絵に描いたような性格の昭道に限ってそんなことはしないだろうとも思った。
「赤いエプロンがよく似合っていて、穏やかではつらつとしていてすてきな人だと思った。思ったから、たぶん気づけば目で追っていたんだろうな」
昭道はあるとき、母の元気がないことに気づいた。水を運んできてくれたときにそれとなく聞いてはみたが、歯切れの悪い返事が戻ってくるばかりだった。翌日、母の顔や腕にはあざがあった。どうしたのかと聞いても、母は「転んだ」と下手くそなうそを吐くだけだった。しかし昭道もそれ以上踏み込めず、放っておくしかなかった。
母の顔のあざが引き、しばらくたったころ、1台の大型トラックが店の前の細い路地に止まった。下りてきたのは浅黒い肌をしたがたいのいい男で、母の当時の夫だった。男は母に金を無心した。渡せるものがないというと、机をたたいて声を荒らげた。年老いた店主が厨房(ちゅうぼう)から出てきてひとまず帰るようになだめたが、男は店主を突き飛ばした。気がつけば、昭道は男と母のあいだに割って入っていた。
「なんだてめえ」とすごまれて、生きた心地がしなかったと父は薄く笑った。美果は黙ったまま、話の続きを聞いていた。
「客です。ここは食事をする場所です。座って注文する気がないなら帰ってください」
毅然(きぜん)と、だが内心で震えあがりながら父は言った。男は激高し、昭道をしたたかに殴った。父は倒れ込んだ拍子にテーブルに激突し、水の入ったコップが悲鳴のような音を立てて床に落ちて割れた。立ち上がろうとしてついた手をガラスの破片で切ったらしく、血が流れた。痛みはなかったが、切ったところが悪かったのか思いのほかしっかりと流れた血に驚いたのか、あるいは自分の形勢が不利になったと思ったのか、男は罵声を浴びせるだけ浴びせて店を出て行った。店内では他の客から昭道へ拍手が沸き起こったが、昭道はただ殴られただけの自分を情けなく思った。
「母さんは俺の手当をしながら話してくれたよ。長距離トラックの運転手をしている旦那がギャンブル癖がひどくあちこちで借金を作っていること。普段は愛人のところで遊んでいるくせに、金をすって首が回らなくなると自分のところに戻ってきて、金を無心していくこと。きっと殴られた俺をかわいそうに思ったんだろうな。だから事情を教えてくれた」
「それが私の……」
思わず出掛けた言葉をのみ込んだのは、そんな男を父と呼びたくなかったのが半分、父の前で別の人間を父と呼ぶのが間違っているような気がしたのがもう半分。美果は変わりに吐きかけた言葉をもう一度腹の奥底に落とすように深く息を吸う。
親子の絆「母さんは両親も亡くなっていて、頼れる人がいなかった。まだ赤ん坊も小さかったし、限界だと思った。だから俺は、母さんに俺のところに逃げてきなさいと言ったんだ」
父は弁護士の友人に掛け合い、母の離婚を成立させ、その1年後、母と再婚した。美果はまだ1歳半だった。
「結婚するとき、母さんに言われたんだ。あんな男が実の父親だと知ったら、美果が傷つくだろうから黙っておいてって。きっと母さん自身も忘れたかったんだろうな。うっかりしていたよ。母さんの目につかないようにと思ってしまい込んでいたんだが、こんな手紙、きちんと処分しておくべきだった」
「いい話じゃん。隠されてたのは、やっぱりちょっと許せないけど」
そう言いながらも、美果に怒りや不信感はなかった。
「すまなかった。でも、それに、これは美談じゃない。美談にしちゃいけない。俺は子供を作れないからだだった。前の妻ともそれが理由でうまくいかなくなった。母さんのことを大切に思っていたし、美果のことだってかわいくて仕方なかったが、母さんと再婚しようと決めたとき、美果の存在をちょうどよく感じていた部分もあったんだ」
父はそう言って、すまなかったと頭を下げた。全部話すという言葉を律義に守る父は父らしくて思わず笑みがこぼれる。
「謝ることなんて何もないでしょ。子供を持つ理由なんて、そんな大それたものじゃないんだから。ほら、私だっておめでた婚だったわけだし」
「ありがとう」
昭道はつぶやいた。美果はすっかり冷めてしまったお茶を飲んだ。
きっと母がいなくなった途端に父がよそよそしくなったのは、血のつながりのない自分の面倒をかけてしまうことに後ろめたさを感じていたからなのだろう。言葉にはされずとも、父の考えていることくらいだいたい分かる。だって美果と昭道はまぎれもなく親子だから。
「ねえ、お父さん。良かったら一緒に住まない? そろそろ家建てようかって秀悟と話してて。今すぐにってわけじゃないんだけど、二世帯にしてさ。そのほうがこっちとしても何かと安心だし」
「……何言ってる? 思いつきで言ってるだろ。秀悟さんや秀人には相談したのか」
「いや、まだだけど。でも話せば分かってくれるよ。お父さんだって、私の大切な家族なんだから。それに、この土地だって売ってお金にしたら、建てる家もちょっと豪華になるかもしれないし」
目を丸くして固まっている昭道に冗談っぽくほほ笑んで、美果は立ち上がる。
「さ、そうと決まったら気合入れて片付けないとね」
「強情なのは母さんそっくりだ」
「思い切りがいいのはきっとお父さん譲りだよ。ほら、何だっけ? ここは食事をする場所ですだっけ」
「からかうんじゃないよ」
美果は逃げるように2階へ上がる。昭道も立ち上がったが、美果の軽快な足取りについていけないことは言うまでもない。
まだまだものであふれる書斎を眺める。いつの間にか換気が済んだのか、2階を満たす冷たい冬の空気はいくらか澄んでいた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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