トランプ新政権の「追加関税」早期実行に要警戒
米景気下振れなら日銀が利上げ先送りの可能性も(前編)
Finasee / 2024年12月19日 6時0分
Finasee(フィナシー)
野村総合研究所
エグゼクティブ・エコノミスト
木内 登英 氏
――2024年は米国、日本で政治リーダーの選挙があり、市場の変化も激しい1年間だったと思います。国内経済の動向をどのように総括できるでしょうか。
この1年間を振り返ると、国内では当初の予想を超えて賃上げが進みましたが、物価高が強い逆風となって個人消費は伸び悩みました。それでも全体として成長率を維持できたのは昨年から好調なインバウンドのおかげで、今年はインバウンド需要が実質GDPを0.6%近く押し上げています。
ただ今春、政府が実施した定額減税には、目立った効果がありませんでした。一時的に可処分所得を増やすだけでは、景気浮揚を実現するのは難しいことが改めて証明されたというべきでしょう。金融政策の正常化によって行き過ぎた円安を修正し、インフレ懸念を後退させることこそが重要だと思われます。
――トランプ氏の再選が市場に与える影響については、どのように見ていますか。
大統領選挙の結果が出る前から、米国経済には一定の下振れリスクがあると見ていました。連邦準備制度理事会(FRB)による金融引き締め策の影響に、まだ出尽くしていない不安要因があるためです。
そのうえ、いわゆる「トランプ政策」が一通り実行に移されるとなれば、国内外の経済全体に対してマイナス材料になると考えられます。前例のない規模の追加関税や移民規制がもたらす影響の大きさが、減税や規制緩和による経済浮揚の効果を上回るからです。
具体的には米国のGDPを2%程度押し下げ、つられて日本のGDPも0.5%程度下落する可能性があります。これはトランプ氏の公約が全て実現する前提での試算ですが、仮に政策の実施が部分的だったとしても、小さくない規模の影響が見込まれます。加えて、追加関税対象国による報復関税の懸念もあります。
10月以降にはドル高・債券安・株高といった「トランプトレード」の動きがありましたが、こうした市場の見方に確たる根拠があるとは思えません。おそらく「財政赤字の拡大によって金利が上昇しドル高になる」という、単純な連想がベースになっているのでしょう。また、コストプッシュによる物価上昇が持続的なドル高につながるという考え方もあるようですが、私はそうは見ていません。
トランプ氏と懇意な起業家、イーロン・マスク氏の登用がもたらす影響にも要注意です。IT分野にとってはプラスとマイナスの両面があると考えられますが、IT分野に限らずマクロ的に考えるならば、マスク氏が推進する政府支出の削減とトランプ氏が進める追加関税によってもたらされるマイナス面のほうが圧倒的に大きいでしょう。
メインシナリオはドル安・円高だがトランプ政策でさまざまなリスクも
――日米の金融政策や為替動向の行方をどのように見ていますか。
米国の金融政策のメインシナリオとしては、トランプリスクを度外視すれば、来年前半まで緩やかな金利引き下げが進むと考えられます。
ただトランプ氏は、1期目以上に積極的なFRBへの政治介入を通じ、金利引き下げやドル安を強く推し進める可能性があります。FRBに対する大統領権限を拡大する連邦準備法改正が実現するかは別として、少なくとも口先介入はあり得るでしょう。また米国の為替介入は日本と違って意思決定プロセスが必ずしも明確ではありませんし、パウエル議長の後任選びをはじめ大統領が人為的にドル安へ誘導する手段は存在します。
日銀の金融政策については、来年の半ばごろまでにあと2回ほどの利上げで一巡すると見ています。利上げが一段落しても結局はかなり低い金利水準にとどまり、日本経済への逆風を心配するほどではないでしょう。また円安を修正するほどの流れが生じれば、個人消費が低迷を脱するようなプラスの影響も期待できます。
とはいえ、ターミナルレート到達にかかる時間は外部環境に左右されることには注意が必要です。トランプ氏のドル安誘導を受けて急速な円高に傾くリスクもあり、あわせて米国の景気が減速すれば、日銀としては利上げを先送りせざるをえないでしょう。
オルイン編集部
「オルイン」は、企業や金融機関で業務として資産運用に携わるプロフェッショナル向けの専門誌です。株式・債券といった伝統資産はもちろん、ヘッジファンドやプライベートエクイティ、不動産といったオルタナティブもカバーする、国内随一の年金・機関投資家向け「運用情報誌」として2006年に創刊。以来、日本の年金基金や金融法人、公益法人といった機関投資家の運用プロフェッショナルに対し、その時々のタイムリーな話題を客観的かつ独自の視点でわかりやすくお伝えしています。
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