父親が最期の想いを遺した遺言書に「1つの疑念」が…家族間の“泥沼相続”を防いだ長男の行動
Finasee / 2025年1月6日 19時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
吉田家は父の健蔵さん、母の綾さん、直人さんと祐樹さんの4人家族。夫婦は長く共働き世帯で投資に関心が高かった。今回、父親の健蔵さんが亡くなった際、遺産は5000万円を超えていた。
生前の健蔵さんはがんを患っており、ある程度の死期を想定していたことから、早くに終活を進めていた。そのため遺言書も用意してあり、内容としては直人さんに全財産の半分を渡し、残りの半分を妻の綾さんと次男の祐樹さんとで等分するよう指示されていた。
しかし、ここで納得いかずに次男の祐樹さんが異を唱えた。
●前編:【「なんで俺だけ少ないんだよ!」父親の遺産5000万円をめぐり、一家を相続争いに発展させた“一波乱”】
直人さんからの相談連絡を受けた日から4日後、週末にとある喫茶店で直人さんと落ち合う。直人さんとはいわば幼なじみでもう30年近い付き合いになる。この日は2カ月ぶりくらいの会合だ。なんでも奥さんが最近働きだしたとのことで家事と育児を頑張っていたところに件(くだん)の相続問題。おかげでここ2カ月、必要以上に外に出る気にならなかったという。そんな中、どうしても必要ということで重い腰を上げ私に会いに来たようだ。
久しぶりに会ってお互い軽く近況を話し、雑談もそこそこに本題に入る。
「結局のところ、遺言書の印鑑ってどうなんだ? 結論から教えてくれないか?」
どうやら彼は疲れており、難しい話は極力聞きたくないようだ。私は彼の要望に応え一言で結論を伝える。
「認印が押されてても有効だよ」
直人さんは「あー……」と一瞬曇った顔をするも「もうちょっと詳しく!」と私に頼み込む。先とは変わって晴れやかな表情。
おそらく彼は自分の想定していた考えが正しいと証明されてすっきりしたのだろう。現金な彼に対して私は順を追って話をしていく。
遺言書の印鑑に規定はない今回、問題となったのは自筆証書遺言である。自筆証書遺言とは要はすべて本人の手書きによって書かれた遺言だ。この自筆証書遺言だが有効とされるには本人の手書きでの署名と捺印が必要とされている。この捺印について法律上は認印と実印とを分けておらず、単に印鑑が押されていればいいとされる。
実際、過去の判例においても認印が有効とされたものもある。それどころか拇印や指印でも有効とされたケースもあるのだ。
つまり、今回の遺言書のように認印で押印がされていても遺言書の効力に全く影響はなく有効なままとなる。
あくまでも実印を用いるかどうかは任意であり、より確実に争いなく遺言書の効果を発揮させたい場合に用いるものである。
これら遺言書に関する押印の考え方を一通り説明すると直人さんは「あー、そうなのかあ……意外と法律って緩いところあるんだな」と、気の抜けた声を発して、さらに続ける。
「でもよかったよ、親父の遺言書が有効で」
その言葉を聞いて私が彼に問う。「俺からご家族に話してみようか?」。彼とは家族ぐるみの付き合いがあり、私なら話を聞いてもらえる自信があった。
「ありがとう。でもこの問題はちゃんと俺の口から説明しておきたいんだ」
なにかを決意したように晴れやかな表情で彼は語る。
直人さんとは翌週末に結果報告も兼ねてまた会うことを約束し、その日は別れた。
重要な文書への押印は実印が基本約束の日、直人さんから話を聞く。どうやら民法の規定や判例が紹介されているWEBぺージを用いたことでうまく説明ができ、遺言書通りの内容で納得して遺産分割ができたようだ。
遺言書、特に自筆証書遺言は要件が厳格であるがゆえに有効なものを作るべきという点ばかりにフォーカスされがちである。だが、法的に有効であっても残されたものがそれをどう感じるか、法的に有効であっても遺族の間で疑義が生じないかと感情面の視点からも考えていくことも必要なのが現実だ。
たしかに自筆証書遺言の押印は認印でも構わない。遺言書として有効なものができるだろう。だがしかし、それをもって家族間の相続争いを防止できるかどうかは別だ。認印での遺言書が存在することでかえって争いを招いてしまうこともあるだろう。
今回、吉田家は直人さんの努力もあって相続争いの激化を防ぐことができた。しかし、世の中には印鑑が認印で押されていたことによって起こる相続争いも少なからず存在している。
やはり重要な書類に印を押すのであれば実印が無難だ。特に自分の死後に効力を発揮する自筆証書遺言については「法律上は認印でも有効だから」とせず、念には念を入れて実印を押しておくべきだろう。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
柘植 輝/行政書士・FP
行政書士とFPをメインに企業の経営改善など幅広く活動を行う。得意分野は相続や契約といった民亊法務関連。20歳で行政書士に合格し、若干30代の若さながら10年以上のキャリアがあり、若い感性と十分な経験からくるアドバイスは多方面から支持を集めている。
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