トリセツ「ざっと見」はなぜ生じる? 空気化する金融商品のリスク表示から考える資産運用の”本質”
Finasee / 2025年1月9日 18時0分
Finasee(フィナシー)
タバコの警告表示に学ぶ、“伝わる”伝え方とは
かつてタバコのパッケージには、端のほうに小さな文字で「喫煙はあなたの健康を損なう恐れがあります」といった注意書きが書かれていた。しかし、それを意識して読む人はほとんどおらず、多くの喫煙者にとっては“空気のような存在”だったのではないだろうか。
ところが規制が厳しくなるにつれて、いまやパッケージの大半を使った大きな警告表示が当たり前になり、「肺がん」や「その他健康被害」という具体的なリスクを嫌でも認識せざるを得なくなった。
一方、金融商品のリスク表示はどうだろう。市況リスク、信用リスク、為替リスク……といった要素ごとに分けて記載はされているものの、資料やパンフレットにはびっしりと専門用語が並び、TVCMでは最後のわずかな時間に「ディスクレーマー」が映し出されるだけ――実際どれほど伝わっているのかは疑わしい。本来はきわめて重要な情報が、まるで空気のように扱われてはいないだろうか。
なぜリスクが生じるのか、どんな対処法があるのかもちろん、金融商品のリスクにはさまざまな要因がある。債券投資なら金利変動によって価格が下がることがあるし、外国株なら株式市場に加えて為替の変動も影響するだろう。いずれも最終的には“元本割れのリスク”につながり得る要素だ。しかし、こうした要素を細かく分解して専門用語を羅列するあまり、そもそもリスク説明が「読まれない状況」を生んでいないだろうか。
さらに問題なのは、販売現場の営業マンがそもそもリスクを十分に理解していない場合があることだ。あるいは、理解していたとしても「商品を売りたい」というインセンティブを優先するあまり、元本割れリスクや価格変動リスクをきちんと説明しきれないケースも少なくない。タバコのパッケージが昔は“小さな注意書き”で済まされていたように、金融商品のリスクも“とりあえず資料の末尾やCMの最後に載せておけば良い”という発想にとどまってはいないだろうか。
「投資なら元本割れリスクは当たり前」という声もある。しかし、当たり前のことほど見落とされやすいのも事実だ。タバコの警告表示が「健康被害」を前面に押し出した結果、多くの人がその深刻さを認識せざるを得なくなったように、金融商品の世界でも“最終的に自分の資金が目減りする可能性”を、もっと強いインパクトで示してもいいのではないかと思う。
ただし、タバコのように“悪影響のみ”をあおる形にしてしまうと、「投資は危険だからやめよう」という人が増えすぎる懸念がある。資産運用ではリスクとリターンが表裏一体であり、必要以上に怖がらせれば、本来はメリットを得られるはずの人まで敬遠してしまうからだ。だからこそ、“元本割れ”だけを大文字で強調するだけでは不十分で、なぜリスクが生じるのか、どんな対処法があるのかを併せて提示する工夫が求められる。
「許容範囲で商品を選ぶ」ために必要なことその点で、CMの最後にディスクレーマーを一瞬だけ見せる現状はあまりに形骸的だと感じる。たとえば「本商品の運用では元本割れが生じる可能性があります」といった、誰もが聞けばピンとくるワードをより大きく・分かりやすく提示するだけでも、ただの責任回避的な情報提供から一歩進めるのではないだろうか。あとは興味を持った人向けに詳細情報を補足し、どのようなリスクがどの程度あるのかを段階的に示すプロセスを整えれば、投資家としても納得しやすくなるはずだ。
結局、投資家が「自分の許容範囲で商品を選ぶ」ためには、まず“最悪の場合はこうなる”という姿を直感的にイメージできるかどうかが重要だ。タバコのパッケージがリスクを一目瞭然にしたのは、単に怖がらせるためではなく、「自分はそれでも吸うのか?」と問いかける狙いがあった。同じように、金融商品のリスク表示も「本当に自分がそれを受け入れられるか?」を考えるきっかけになるなら、投資家保護と市場の健全化に近づくのではないだろうか。
元本割れリスクの裏にはリターンの可能性がある以上、投資=悪という単純な図式に落とし込むのは不適切だ。しかし、「様々なリスクがあります」と専門用語を羅列するだけで終わってしまう今の状況は、タバコの“小さな注意書き”が空気のように無視されていたころと似ている。だからこそ、最終的にいちばん気になる“自分のお金が減るかもしれない”という懸念を、タバコの警告のように目立たせる意義は大きいはずだ。それでも投資を選択する人にはリテラシーが求められるし、そこが資産運用の本質でもある。
(本記事は筆者の個人的な意見に基づいており、法令解釈等の正確性を保証するものではありません。)
木村 大樹/Keyaki Capital代表取締役CEO
野村證券でオルタナティブ商品の営業に従事した後、ニューヨークで証券化ビジネスに携わり、サブプライム危機に直面しながら問題解決に努める。帰国後はバークレイズ証券を経て、2012年にシティグループ証券の年金ソリューション部長、2015年からはマッコーリー・インベストメント・マネジメント日本代表。2020年に個人に公開されていない世界中のプライベートアセットへの投資機会を、充実感と高揚感に満ちた投資体験として提供するKeyaki Capitalを創業。一橋大学経済学部卒。
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