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「内縁の妻には何も残さない」難病の夫を見捨てた義家族の理不尽な要求から事実婚の妻を守った「亡き夫の愛」

Finasee / 2025年1月13日 11時0分

「内縁の妻には何も残さない」難病の夫を見捨てた義家族の理不尽な要求から事実婚の妻を守った「亡き夫の愛」

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

事実婚関係にあった妻・夏海と夫・洋史の二人をある日悲劇が襲う。洋史が国指定の難病だと診断されたのだ。効果的な治療法は現時点でなく、進行する症状を止められない。次第に症状は重くなり、最後は呼吸機能や心肺機能が衰え体の自由が利かなくなり命を落とす。そんな病だった。

徐々に体を動かせなくなり、一人では食事すらまともに取れなくなっていく洋史を夏海は献身的に支えた。介護の日々は8年続き、ついに洋史は息を引き取る。

二人で過ごした20年あまりの日々に思いをはせながら、夏海は洋史を送り出す準備に取り掛かるのだった。

●前編:【「こんな俺を支えてくれて、ありがとう」ともに暮らして20年の事実婚夫婦を襲った「避けられない悲劇」

洋史の葬儀を執り行うにあたり、夏海は思いもよらない人々と向き合うことになった。

長い間疎遠だったはずの洋史の父母と姉が前触れもなく現れたのだ。

彼らは出棺が終わったころに葬儀場に現れ、弔問客が故人をしのぶ会食の場で、夏海に向かって堂々と言ってのけた。

「今後は私たちが相続人として手続きを進めますので」

そう言った彼らの表情には、感情の色がほとんどなかった。事実婚である夏海に法的な権利がないことを知っているからこその態度だった。

「……今、その話をするんですか?」

思わず口からこぼれた嫌悪の声に、周りの弔問客たちの視線が集まった。居心地の悪さを感じつつも、構うことなく夏海は続けた。

「洋史さんは……最期まで弱音を吐くことなく、懸命に病気と闘っていました。ここにいる方々は、そんな彼を偲ぶために集まってくださった人たちです。だから今は……今だけは洋史さんの弔いのための時間にしたいんです……」

彼らは一瞬押し黙ったが、すぐに姉が肩をすくめながら小さく反論した。

「弔い、ね……夏海さんが弟を支えてくれたことには感謝してるわ。でも、私たちは洋史の家族よ。それに、遺産は法律に基づいて分けるべきものなの。感情論でどうこうなる話じゃないわ」

その冷たい言葉に、夏海の胸の奥で何かが崩れ落ちた。洋史の遺影が微笑んでいるのが、むしろ悲しみを増幅させた。

「……家族?じゃあ、洋史が病気だと分かったとき、どうして何もしてくれなかったんですか? 病気が分かってから、1度でも彼の顔を見に来たことがありますか?」

母親は一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに目を逸らして口を閉ざした。父親も姉も何も言い返さなかったが、その沈黙は謝罪や後悔によるものではないように思えた。会場の空気がさらに冷え込む中、住職が気を利かせて声をかけた。

「ここは故人を弔う場です。皆さん、どうぞ心を落ち着けてください」

その言葉で場は一旦収まったが、夏海の心に刻まれた彼らの言葉は消えることがなかった。この家族とは、まだ戦いが続くのだと覚悟を決めながら、夏海は遺影に向かって静かに頭を下げた。

夫とは似ても似つかぬ義理の姉

その後、洋史の家族から告げられた結論は容赦がなかった。彼の銀行口座、不動産、さらには小さな貴金属に至るまで、すべての資産を自分たちで管理するというものだったのだ。

内縁の妻である夏海には、何も残らないという現実が突きつけられた。

「夏海さん、これで納得していただけるわよね?」

洋史とは似ても似つかない高圧的な姉の言葉に、夏海は言葉を失った。

これまでの洋史との日々が、すべて否定されたように感じたからだ。介護に追われる生活の中で、遺言書の準備や法的な手続きを考える余裕はなかった。そもそも相続に関する話さえ、する機会がなかったのだ。

職場恋愛禁止のルールに従い、派遣社員を辞めた夏海は、洋史の介護と生活を支えるために近所のスーパーでパートをしていた。

もともと正社員として働いていた洋史は、同年代と比較しても十分な収入を得ていたため、彼の貯蓄や各給付金によって入院や介護の費用を賄うことは可能だった。
ただ夏海は、それを良しとしなかった。

病気になった洋史に依存することに抵抗があったし、何より将来のために少しでもお金を残しておきたいという考えがあったからだ。

もちろん将来と言っても、夏海自身の、洋史がいなくなったあとの将来のためではない。

万に一つでも、洋史が生きている間に効果的な治療法が発見された場合に備えてのことだ。新しい技術を使った先進医療を受けるには、高額な治療費が必要になる。望みが薄いのは分かっていたが、それでも可能性を残しておきたいと思わずにはいられなかった。

自分の生活を切り詰めて、洋史の資産を守ってきたのは、偏に彼と生きる未来のためだったのだ。

夜、自宅のリビングで1人座っていると、自然と涙があふれてきた。
思い出すのは、食卓の向こう側に座っていた洋史の姿。

「洋史、どうして…どうして、こんなことになったの……?」

問いかけても答えは返ってこない。

途方に暮れた夏海は、ほとんど眠れない夜を過ごした。

金庫から出てきたのは

それから数日後、夏海は洋史の遺品整理を始めた。

一応喪が明けるまでは、相続の話を待ってほしいとお願いはしていたが、あの家族のことだからいつ自宅に踏み込んで来てもおかしくない。洋史の思い出を少しでも残すために、大切なものは一時避難させておく必要があると思った。

重苦しい気分で部屋中を整理していると、夏海はクローゼットの奥に置かれた小さな金庫を見つけた。

「こんなもの、いつの間に…?」

鍵は見当たらなかったが、金庫の底には番号式のロックがついていた。もしかしたらと思い、夏海たちが交際を始めた記念日を入力すると、金庫が静かに開いた。なかには、1通の封筒、それに数枚の古い写真が入っていた。

封筒には、洋史の筆跡で「遺言書」と書かれていた。

3週間後、洋史の父母と姉、そして夏海が一同に会し、家庭裁判所で検認作業が行われた。職員が封筒を開けると中から出てきたのは、やはり遺言書だった。

日付を見る限り、病気になるずっと前に作成されたものだった。おそらく籍を入れないと決めた時点で書かれたものなのだろう。

遺言書にはこう記されていた。

「遺言者 長岡洋史は、所有するすべての財産を内縁の妻である今井夏海に遺贈する」

夏海は、その場で崩れ落ちるように座り込んだ。洋史は、籍を入れるという選択をしなかった理由を、こう続けて書いていた。

「自分と家族になることで夏海に負担をかけたくなかった。結婚しなかったのは偏に自分の我がままによるものだ。だから、彼女を守るために打てる手はすべて打っておきたい」

洋史が自分のためにここまで考えてくれていたことを知り、夏海は涙を堪えきれなかった。

洋史の家族は遺言書は無効だと主張したが、結局は遺留分として最低限の金額を受け取ることで合意した。

洋史が遺言書を残していなければ、すべての財産を奪われていたかもしれない。洋史の愛情が夏海を救ったのだと感じざるを得なかった。

彼に愛されていた……

遺産相続の手続きが全て終わり、夏海はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
洋史と暮らしていた家には、2人が一緒に選んだ家具や、手入れを欠かさなかった観葉植物、そして写真がそのまま残されている。

それらを見ていると、洋史がまだ隣にいるような気持ちになった。

金銭的な負担が軽減されたのは確かに助かった。これからの生活のためにも、その支えは必要だった。

しかし、夏海が本当に手にしたかったのはお金ではない。洋史とともに築いた家と、そこで過ごした時間、そしてその中にある数え切れないほどの思い出こそが、夏海にとって何物にも代えがたい遺産だった。

リビングの椅子に座りながら、夏海は洋史の残した遺言書をもう1度手に取った。

文字をなぞるように指で触れながら、愛情に満ちた言葉を繰り返し読んだ。彼が籍を入れないという選択をした裏に、これほどまでに自分への配慮と覚悟があったのだと知ったとき、夏海は改めて彼に愛されていたことを実感する。

「私たち、ちゃんと家族だったよね……」

声に出して呟いてみると、不思議と心が軽くなった。

形に残るものがなくても、夏海と洋史が分かち合った日々は、誰にも奪われない。記憶の中で生き続ける彼との絆を胸に、夏海はもう1度、前を向いて歩き出そうと決意した。

小さなベランダに目をやると、洋史が植えた花が今年も咲き始めているのが見えた。

風に揺れるその姿を見つめながら、夏海は静かに微笑んだ。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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