「贅沢するつもりなんてなかったの」遺産2000万を使い切り借金を重ねた妻がこぼす「知られざる苦悩」
Finasee / 2025年1月15日 18時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
フリーカメラマンの拓郎と会社員の悠里。夫婦関係にある二人はつつましやかながらも堅実に暮らしていた。そんな二人はある日突然、幸運に恵まれる。
脚本家として名を馳せた悠里の叔父が莫大な財産を残し亡くなった。生涯独身を貫ていた彼には直系卑属がおらず、かわいがっていた姪である悠里がその財産を相続することになったのである。
相続税を抜いた遺産の総額は約2000万円にのぼった。降ってわいた幸運に喜ぶ二人だったが、日に日に悠里の様子がおかしくなり、ついには家に借金の督促状が届いてしまう。聞けば悠里は2000万円の財産を使い果たし、500万円もの借金をこさえてしまったのだという。問いただす拓郎に、悠里は涙ながらにそのワケを語るのだった。
●前編:【棚からぼたもちで手に入った遺産2000万、しかし自宅に届く借金の督促状、夫驚愕のそのワケとは】
拓郎は、ただただ困惑していた。
悠里の涙ながらの謝罪は真摯で、言葉に嘘がないことは分かった。それでも合計500万円という借金の額の重さと、その背景にある事実を受け止めるには、あまりにも情報が多すぎた。
「どうして、こんなことになるまで何も言わなかったんだ?」
「……拓郎に迷惑をかけたくなかったの。それに、ちゃんと自分で何とかしようって思ってた。でも、気づいたらどうにもならなくなって……」
拓郎の問いに悠里はすすり泣きながら答えた。
「迷惑をかけたくなかった? いや、それは逆だろ。もっと早く話してくれれば、こんなことには……」
拓郎の声は次第に力を失い、言葉が尻すぼみになった。今さら言ったところで、どうにもならないと分かっていたからだ。悠里は涙を拭いながら、小さな声で続けた。
「贅沢するつもりなんてなかったの。本当に。でも、一度お金を使い始めると、どこで止めればいいのか分からなくなった。服を買って、食事に行って……周りの人たちがそういう生活をしてると、自分もそうしなきゃいけないような気がして……」
拓郎は目を伏せた。
悠里が見知らぬプロデューサーや芸能人と付き合い始めたときから、彼女の生活がどこか現実離れしているように感じていた。それでも、それが彼女にとって楽しい時間ならと思い、見て見ぬふりを続けていた自分に気づかされたのだ。
しばらくすると、悠里は大きく息を吸い込んだ。
「……私、ずっとあなたに負い目を感じてたの」
「負い目?」
悠里の意外な言葉に拓郎は一瞬だけ憂いを忘れ、目を丸くした。
「うん。大学のとき、私もカメラが好きで、拓郎と同じゼミに入って、あの頃は本気で写真家になりたいと思ってた。でも、無理だった。才能も、努力も……拓郎みたいにはなれなくて、結局、普通の会社員になったの」
悠里は苦笑いを浮かべながら話を続けた。
「ずっと、自分が何も成し遂げられなかったことが恥ずかしかった。拓郎が写真家として独立したいって言ったとき、応援できたのは、自分にはできなかったことを拓郎に託したかったから。でも、いつも心のどこかで、置いて行かれるような気がしてた」
彼女がそんな風に感じていたとは思いもしなかった。拓郎にとって悠里は、自分がどんなに苦しいときでも支えてくれる存在だった。だが、その裏で彼女がこんなにも深い葛藤を抱えていたことには気づけなかった。
「そんなこと……悠里、お前が俺に負い目を感じるなんて、全然分かってなかったよ。俺は……」
「違うの。拓郎が悪いわけじゃない。ただ、私が勝手に比べて、勝手に落ち込んでたの。それが、遺産をもらったとき、やっと私も何かを手に入れられたような気がしたの。だから、多少は無理してでも派手に振る舞って……」
悠里は再び涙をこぼしながら話を続けた。
「でも結局、自分を誇れるようにはならなかった。ただ、周りに合わせることだけが全てになって……こんな結果になった」
「悠里……俺は会社員としてきちんと生計を立ててる悠里のことを尊敬してる。俺が好き勝手できてるのも、悠里がいてくれたからこそだ。本当に感謝してるし、悠里が夢から逃げたなんて思わない。だから、俺に負い目なんか感じる必要ないんだよ」
悠里は涙でぬれた顔を上げ、拓郎を見つめた。その目には、長い間押し込めていた苦しみが溢れ出ていた。拓郎は彼女を抱きしめ、その背中をそっと撫でる以外にできることがなかった。抱き寄せた身体から伝わる震えに、悠里がどれだけ自分を追い詰めていたかが痛いほど分かった。
「まずは借金を返す計画を立てよう。ふたりでやれば、きっと何とかなるよ」
悠里は涙声で答えた。
「本当にごめんなさい……私がやったことなのに……」
「一緒にやっていこう。散々、悠里に支えてもらったんだから、今度は俺の番だよ」
取り戻した二人の日々翌日から、2人の生活は再び大きく変わっていった。
拓郎は日々の撮影の仕事に加えて、以前のスタジオ時代の知り合いに頼み込んでアルバイトを増やした。少しでもお金になるならと、小さな仕事でも断らずに受け、これまで苦手だからと取りくんでこなかったSNSアカウントも使って、営業活動を行った。
一方で、悠里もまた罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、できる限りの努力をしていた。今までの派手な付き合いを全て切り、地道に会社での業務に集中した。だが、彼女の心の中に積もった重い感情は、日を追うごとに彼女の表情から輝きを奪っていった。
「なあ、悠里。ちょっと長めの休みを取ろうと思うんだ」
日に日に疲弊していく悠里を見ていられなくなった拓郎はある夜、ふと思いついたように提案した。とはいえ、本当は前々からスケジュールを調整し、まとまった休みが取れるように時間を作っていたのだが。
「どうして急に?」
「お前を連れて、のんびり風景でも撮りに行きたいと思ってな」
拓郎の言葉に悠里は表情を暗くした。
「でも、借金もあるし、そんな余裕は……」
「いや、それでも必要だと思うんだ。俺たち、ずっと頑張ってきただろ? 少しぐらい、息抜きがあってもいいじゃないか」
悠里は迷いの表情を浮かべたが、やがて静かにうなずいた。
「……分かったわ。でも、本当にいいの?」
「もちろん。たまには俺の言うことも信じてくれ」
悠里は微笑み、その目にかすかな光が戻った気がした。
拓郎の胸には、ようやく彼女を救う1歩を踏み出せた安堵感が広がった。
拓郎と悠里が向かったのは、海沿いの小さな町。そこは2人が大学時代、ゼミの合宿で訪れた場所だ。どこか懐かしさを感じさせる景色の中、2人は少しずつ言葉を交わしながら駅から海岸へと続く小道を歩いていった。
やがて冷たい潮風が2人の頬を撫でた。冬の海は荒涼としながらも広大で、拓郎たちが抱える悩みなんてちっぽけなものだと言っているようだった。
「懐かしい。ここで花火とかしたよな」
拓郎は砂浜に埋もれた花火の燃えがらを拾い上げる。拓郎たちがこの浜で遊んでいたのはもう20年も前のことだったが、今も昔も学生のすることというのはそう変わらないのかもしれない。
「覚えてるよ。冬の合宿のとき、あなたが夏の残りとか言って持ってきて、震えながらみんなで海まで来たのに、結局線香花火以外はしけってて使えなかった」
「線香花火も最悪だったよな。みんな震えてるから、すぐに落ちてたし」
「そうそう。帰りにみんなで食べた肉まんだけがいい思い出」
悠里が小さく笑う。拓郎は無意識のうちにカメラを構え、シャッターを切っている。
「なに、不意打ちやめてよ」
悠里が不満そうに頬を膨らめる。久しぶりに見た悠里の表情に、覗き込んだままの
ファインダーがわずかに霞む。
綺麗だったから思わず。
やっぱり悠里は笑っているほうがいいよ。
砂浜の足跡が波打ち際で消えていくように、どの言葉もかたちにはならず、拓郎は代わりにもう1度、微笑む悠里に向けてシャッターを切る。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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