「愛では飯は食えない」婚活に邁進するアラフィフ女性が年収600万円以上は絶対に譲れないと感じる「悲しいワケ」
Finasee / 2025年1月17日 19時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
仕事に邁進し一人生きてきた美弥子は40代も後半に差し掛かり、言いようのない虚無感に襲われる。そして始めたのが婚活だった。
美弥子にはどうしても譲れない条件があった。「年収600万円以上」である。
そんな美弥子の前に相談所から紹介された同じく40代の谷本が現れる。誠実な谷本、しかしネックは年収だった。「金が理由」と谷本からの交際の申し出を断る美弥子。彼女はなぜそこまで金にこだわるのか。
美弥子は谷本に金に振り回された自身の過去を語るのだった……。
●前編:「年収600万以上は何があっても譲れない」相手の年収にこだわり、婚活を続けるアラフィフ女性、その結末は
もう少しお話をしたいんです。美弥子の言葉に谷本は固まっていた。
恐らくフラれるにしてもここまではっきりと金のことを言われたことはなかったのだろう。
「ごめんなさい。本当なら今回のデートすらお断りしないといけないと思ってました。でも谷本さんがとても誠実な方だったので、きちんと会って、正直にお伝えしないといけないと思いました」
「……いえ、そうですか。そうだったんですね……」
谷本はもしかしたら脈有りだと思っていたのかもしれない。思わせぶりな態度をしたつもりはなかったのだが、誤解を与えてしまったことに罪悪感を覚えた。
「それではこれで失礼します」
美弥子は谷本のところから去ろうとした。しかし谷本は美弥子を引き留めた。
「あ、ちょっと待ってもらっていいですか。もう少しだけお話しをしたいんです……」
谷本の言葉に美弥子は戸惑った。自分の気持ちは伝わったと思っていたし、谷本のような男性ならば別に自分にこだわることもないだろうとも思っていた。
「あ、違いますよ。少しだけお話しをしたいと思ってるだけです。正直お金目当ての女性が悪いとは思ってません。ただ僕が思うお金好きの女性と笠原さんは違うような気がするんです。金遣いが荒く贅沢が好きな感じには見えないですし、しっかりと仕事もしています。そんな笠原さんがどうしてそこまで経済力にこだわるのか、ちょっと興味がありまして」
美弥子には谷本が言いたいことは十分にくみ取れた。だが、話すかどうかは迷っていた。
「……しっかりと諦めさせてほしいんです」
しかし力なく笑う谷本がこぼした本音は、美弥子の胸を静かに打った。誠実な人間である彼に、自分も誠実でいたいと思った。
「分かりました」
「ありがとうございます」
すると谷本は携帯で店を探し出した。
「あ、このまま、歩きながらで大丈夫です。そんな長い話でもないですし」
「でも、寒くないですか?」
「歩いてたら温まりますよ」
話し終えたらすぐに帰ると決めていた。
一変した裕福な生活「私はそれなりに裕福な家庭で生まれました。大きかったわけではありませんが、父が貿易会社をやっていて、小学校から地元のお嬢様学校と呼ばれるようなところに通っていました。いわゆる令嬢ってやつですね」
「そうだったんですね」
「両親はとても仲良くて、私は何不自由なく生活をしていました。特にお金に関しては苦労したことがありません。エスカレーターで高校まで行って、大学に入るときに東京へ出てきました。月の仕送りだけで十分に遊んで暮らせるだけの額をもらっていたので、当時はアルバイトをしようと思ったことすらありませんでした」
谷本はこちらを見ながらうなずいている。
「でも大学卒業前に父の会社が倒産しました。学費はその前に納めていたので問題はなかったのですが、それまでのように仕送りはもらえなくなり、1人暮らしが大変になりました。アルバイトを初めて、もっと小さなアパートに引っ越して、外食を辞めて自炊するようになったのもそのころからですね」
美弥子はどんよりと曇った空を見上げて大きく息を吐き出した。確か父の会社が倒産したと、母から連絡があったのも今日のような寒い日だったような気がする。
「……ま、1人暮らしに関しては完全に仕送り頼りで甘えていた私が悪かったので別にいいんです。アルバイトをしながら何とか生活もできてましたし、大学も卒業できましたから。でも悪影響が出たのは両親でした」
美弥子は軽く鼻をすすった。あまり思い出したくない記憶だ。
「借金の返済のために母も仕事をしなくてはならなくなったんです。そのストレスもあったんでしょうね、毎日のように父の愚痴を電話で聞かされるようになり、実家に帰れば2人が罵り合いをするので、私が仲裁をしなくてはなりませんでした。あんなに仲の良かった両親なのに、貧乏になるだけでこんなにもいがみ合うことになるのかと驚きましたよ」
美弥子の話を聞き、谷本は気まずそうに視線を落とした。
「それは大変でしたね……」
「それから間もなく両親は離婚して、母は家を出ていきました。それ以来私は実家にも立ち寄らなくなり、母とも顔を合せることはなくなりました」
谷本は目を見開く。
「……あなたは別にどちらとも喧嘩したわけじゃないんですよね?」
「ですね。でも間に挟まれて、正直うんざりしていました。だから離婚すると聞かされたときはようやく肩の荷が下りたくらいに思いましたよ。だからでしょうね、私はずっと結婚することに臆病になっていたんです」
「……それでも結婚をしたいと思ったわけですよね?」
ワガママだとわかってはいるが……谷本は痛いところを突いてきた。20代や30代の頃は仕事に邁進している振りをして結婚から目を背けていた。
それでも50歳という人生の折り返し地点が見えて来たときに、このまま一生を1人で終えるのかと思うと空しい気持ちになった。
それなのにまだ自分は結婚相手を選り好みしている。
つくづくワガママだと自己嫌悪になる。
「笠原さんの事情は理解しました。でも僕は会社勤めをしています。今の会社が潰れたとしても俺が借金を背負うようなことにはなりません。それに僕がもし借金を作ったとしても、笠原さんに迷惑をかけるようなことはしません。それでも僕との結婚は考えられませんか……?」
美弥子は黙って考えた。
谷本は誠実な人だと思う。バツイチで養育費を払っていることは隠すことだってできたはずだ。きっと正々堂々とお付き合いをした上で結婚をしたいと思っているからだろう。
谷本とならもしかしたら、幸せな家庭を築けるのかもしれない。
美弥子は本気でそう思った。
しかし美弥子は首を横に振る。
「ごめんなさい。やっぱり私は幸せになるにはお金は不可欠だと思う。私たちはもう40半ばです。働ける時間もあまり残ってないし、老後はもっとお金がかかります。だからこそ、これは譲れない条件なんです。ばくちを打つみたいな結婚はしたくないんです」
美弥子の固い意思を改めて知り、谷本は目を閉じて頷いた。
そのまま美弥子たちは別れて帰路についた。帰る途中で美弥子は谷本の連絡先を消去した。
年が明けても、美弥子は結婚相談所に通っている。
目の前では家族連れが楽しそうに会話をしながら歩いている。うらやましいなと美弥子は心から思う。
幸せな結婚生活を、家庭を築くためにお金は必要不可欠だ。資産を失い、狂ったようにいがみあった両親を知っているからそう思う。
もちろんお金だけではないことも知っている。だが、お金よりも大事なものがあるなんて、安易に順位をつけるのは都合のいい美辞麗句だ。
実際、愛では飯は食えない。
だから美弥子は決して条件を下げるつもりはない。
いつか出会う理想の相手を心待ちにして、雑居ビルの2階へ階段を上がる。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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