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「…残高が、ない」ほとんど空になっていた門出の日に渡すはずだった娘の“お年玉貯金”その行方とは

Finasee / 2025年1月19日 11時0分

「…残高が、ない」ほとんど空になっていた門出の日に渡すはずだった娘の“お年玉貯金”その行方とは

Finasee(フィナシー)

まだ湯気の立つ熱い湯呑を両手で包み込みながら、佳菜子は目の前の光景をほほ笑ましく見守っていた。

「美菜ちゃんは、本当に大人っぽくなったねえ」

「ええー、そうかな? きっと髪を伸ばしてるからかも」

しみじみと漏らす母の言葉に、最近20歳になったばかりの娘・美菜が少し照れくさそうに笑った。

昔ながらのこたつの上には、おせち料理の残りとかごに盛られたみかんとお菓子。

佳菜子たち一家が新年の挨拶のために実家を訪れるのは、毎年の恒例行事だ。特に今年は美菜が成人を迎えたということで、両親の顔はいつも以上にほころんでいた。  そのとき、隣室で何やらごそごそしていた父が居間に戻ってきた。

「美菜、これ、お年玉……それと成人祝いも」

「えっ、今年ももらっていいの?」

口ではそう言いながらも素直にポチ袋を受け取る美菜の姿を見て、佳菜子は思わず口元を緩めた。

「もらえるものはもらっておけ。お年玉はともかく、成人なんて一生に一度だぞ」

「成人おめでとう、美菜ちゃん」

少しぶっきらぼうな父の横で、にっこりと微笑む母。2人の言葉を聞いて、美菜が元気よく頷いた。

「うん、ありがとう、おじいちゃんおばあちゃん。これ、大事に使うね」

嬉しそうな美菜の顔を見て、父も母も満足げに笑みを浮かべた。

「毎年すみませんね、お義父さんお義母さん。お祝いもありがとうございます」

年始の競馬予想にいそしんでいた夫の勇司もスマホを置き、背中を丸めたまま軽く会釈した。

「いいのよ、勇司さん。普段はなかなか会えないんだから、これくらいはさせてちょうだい」

母は愛想よく笑いながら、顔の前で手を振った。

来年も喜んでお年玉を渡してきそうな母に向かって、佳菜子は念を押すように言った。る

「お母さん、ありがとう。でも、お年玉は今年で最後ね」

「ええ、そうよね……美菜ちゃんも20歳だものね……」

母は佳菜子の言葉に何度か小さく頷きながら、少し寂しそうに呟いた。
両親には、美菜のほかに孫はいない。たった1人の孫が成人して大人の手を離れていくことに対して思うところがあるのだろう。

「そうそう、成人式ももうすぐだからね。写真撮って、おばあちゃんたちにも送るよ」

「ああ、そうか。松の内が明けたら、すぐだったわね。美菜ちゃんの振袖の写真、楽しみにしてるわ」

沈みかけた空気を払拭するように美菜が明るく声をかけ、母もそれに応じた。美菜の成長を感じるやりとりに、佳菜子は自然と心が温かくなるのを感じた。

ついに巣立つ娘

夕方、実家を後にして帰りの車に乗り込むと、美菜がふと思い出したように佳菜子に声をかけてきた。

「あっ、そうだ。お母さん、これ。今年も預かっておいてくれる?」

美菜が差し出したのは、先ほど祖父母からもらったお年玉と成人祝い。佳菜子は、ポチ袋と祝儀袋を受け取りながら言った。

「分かった、いつも通り、貯金しておくわね」

美菜のお年玉は、毎年佳菜子と勇司が預かることにしている。幼いころはすぐに使いたいと駄々をこねていた美菜だったが、いつのころからか文句を言わなくなり、自分から預けるようになっていた。

「美菜、貯金もいいけど、たまにはパーっと使ったらどうだ? 競馬なら俺がレクチャーしてやるぞ?」

運転席の勇司がにやりと笑った。

「えー、絶対嫌。それに、お父さん負けてばっかじゃん」

「そんなことねえよ。一昨年の年末は大勝して寿司連れてってやっただろうが」

勇司のギャンブル癖は、若いころからずっとだ。佳菜子には理解できない趣味だが、本人が言った通り勝ったときは家族に還元してくれているし、小遣いの範囲内で楽しむ程度ならと黙認している。

まあ、成人したばかりの娘を競馬に誘うのはいただけないが、美菜本人が適当にあしらっているので問題ないだろう。

「春からはいよいよ一人暮らしか。準備は大丈夫か?」

佳菜子がそんなことを考えていると、信号待ちのタイミングで勇司が話題を変えた。

「うん、まだ全部じゃないけど、家具とか少しずつ探してる。引っ越しはお父さんも手伝ってよね」

「ああ、もちろんそのつもりだよ」

勇司がハンドルを握りながら返した。

春には専門学校を卒業し、就職と同時に一人暮らしを始める美菜。子どもの成長は早いとはよく言うけれど、本当にその通りだと改めて思う。  

「まあ、その前にまずは成人式よね。同窓会にも行くんでしょう?」

「うん、当日の夜は中学のクラスで集まるの。楽しみだなあ」

実家での会話を思い起こしながら佳菜子が言うと、美菜が嬉しそうに頷いた。
バックミラー越しににやりと笑いながら、勇司も口を挟んだ。

「あんまりはしゃいで飲み過ぎるなよ」

「飲まないってば。お父さんと一緒にしないでよ」

和気あいあいとした空気が流れる車内。

長距離ドライブを終えて帰宅した佳菜子たちは、残りの正月を家族水入らずで穏やかに過ごした。ただ、ほんの少しだけ、こうして美菜とのんびり過ごす正月も最後なのだと思うと、寂しいようなホッとするような、複雑な気持ちになった。

お年玉が入っているはずの娘の口座には……

無事に成人式も終わったころ、佳菜子は1人で銀行の窓口を訪れていた。

手にしているのは、少々年季の入った通帳。美菜が生まれたときから少しずつ、お年玉などを少しずつ貯めてきた専用の口座だ。

今までは親の自分たちが管理してきたが、彼女が独り立ちするタイミングで、本人に渡してあげるのが一番良いだろう。新生活を始めるにあたって、少しでも役に立てばと考えてのことだった。美菜に渡す前に、いくらか追加しておこうか。

しかし、久しぶりに記帳した通帳を開いた瞬間、佳菜子は自分の目を疑った。

「え……残高が、ない?」

毎年確かに振り込んできたはずのお金が、百万円近くあったはずの預金が、ごくわずかしか残っていない。

「なにこれ、どういうこと…」

頭の中では、いくつもの疑問が渦を巻いた。けれど、すぐには答えが出せそうにない。佳菜子はもつれる足で窓口へ向かった。

「あの、すみません……この履歴について教えてもらえますか?」

通帳を確認した担当の若い女性が言った「こちらはATMでの引き出しですね」という淡々とした説明は、佳菜子に現実を突きつける。

美菜の通帳は、開設してからずっと夫婦で管理してきた。こんなことができるのは、佳菜子を除けば1人しかいない。

胸の中に重たい塊がのしかかる。佳菜子は通帳をしまい込んで銀行を後にした。

●貯めてきた美菜のお年玉の行方を知るのは、そう夫の勇司である。問い詰める佳菜子に勇司が応えたのは、許されないお金の使い道だった。後編【「投資する方がいいと思ったんだよ!」長年貯めていたはずの娘のお年玉を使い込んだギャンブル狂夫のあきれた言い訳】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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