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「この黒豆の意味、わかるかしら?」アラサー女性に義母が"おせちの知識でマウント"を取るワケ

Finasee / 2025年1月20日 19時0分

「この黒豆の意味、わかるかしら?」アラサー女性に義母が"おせちの知識でマウント"を取るワケ

Finasee(フィナシー)

キッチンの隅に立った真名美は、スマートフォンを耳に当てたまま微笑んでいた。
電話越しに聞こえるのは、離れて暮らす祖母の陽気な声。フランス人の彼女は、祖父との結婚を機に日本へ移住し、真名美の母を産んだ。今は再び故郷の北フランスに住んでいるので滅多に会えないが、年に数回、こうして電話での連絡は取り合っている。

「Bonne année.」

「Merci beaucoup. Bonne année.」

年越しの挨拶を終えて電話を切ると、すぐに背後から夫の冬馬の声がした。

「真名美、あとの準備はいいから少し休んでな」

そっとリビングから顔を覗かせた彼は、少し心配そうに眉を寄せていた。

おそらく祖母との電話が終わるタイミングを見計らってくれていたのだろう。大学時代からの付き合いだが、お互い三十路を過ぎた今も彼の優しさは変わらない。

特に真名美の妊娠が発覚してからは、前にも増して気を遣ってくれることが増えた。

「ほらほら、真名美は座ってて。寒いからブランケットも使って」

「ありがと」

冬馬に促されてリビングに戻った真名美は、彼に聞こえないよう小さくため息をついた。テーブルの上に並んでいるのは、朱色の重箱と4人分の食器。 落ち着かない気分で皿の位置を微調整していると、真名美と入れ違いでキッチンに入った冬馬から声がかかった。

「お茶も出したほうがいいよね?」

「あ、うん。でも、まだ早いかも。お義父さんたちが来てからでいいよ」

真名美はできるだけ自然に答えた。だが、冬馬の視線が一瞬だけ真名美の表情を探るように留まったのに気づき、思わず目を逸らしてしまう。彼には自分の不安を悟られたくなかった。

「そっか。じゃあ、もう少ししたら準備するね」

そう言いながら、再びキッチンへ引っ込む冬馬。その背中を見つめていた真名美は、いつの間にか自分の指先が冷えていることに気付いた。心の中で大丈夫と自分に言い聞かせ、両手を胸の前で握りしめる。

真名美が緊張しているのには理由があった。

それは今年の正月がいつもと違うから。

例年ならば年末年始は夫の実家で過ごしていた。しかし今年は真名美が妊娠しているために帰省が取りやめになり、義両親のほうが真名美たちの家にやってくると言い出していた。

こちらから出向くよりも、準備の負担が少ない分だけ楽なはずなのに、心が重かった。

真名美はテーブルに視線を戻し、もう一度皿の位置を微調整した。普段は気にならないようなわずかなずれも気になって仕方ない。

「あと5分くらいで着くって」

「あ、そうなんだ」  

返事の声はできるだけ明るく響かせたつもりだったが、真名美の声は引きつった。  
息を深く吸う。時計の秒針がやけに大きな音を立てている。

夫の改姓を期に義母と距離ができて……

「立川の名前を捨てるってこと?」

入籍にあたり、冬馬が山崎姓を名乗ることを報告したときの空気の冷たさを、真名美は今でも忘れられない。

真名美が外国にルーツを持つことは、すんなりと受け入れてくれた義両親だったが、1人息子が改姓するとなると話は別のようだった。特に義母の真紀は、露骨に反対した。

「立川家の男子は冬馬だけなのよ。名前が途絶えるなんて納得できない」

「まあまあ、落ち着いて。とにかく理由を聞こうじゃないか」

義父・元也からのフォローを受けて、真名美は必死に理由を説明した。

自分がフランス文学を専門に研究し、これまで発表してきた論文の実績がすべて「山崎真名美」という名前に紐づいていること。苗字ひとつで、これまでのキャリアが台無しになりかねなかった。

「ですから、冬馬さんの方に苗字を変えてもらいたいと……」

義父の元也は、最初こそ驚いたものの、「2人が納得して決めたことなら」と微笑んでくれた。けれど、義母の反応は違う。

「真名美さんの事情は分かるけれど、だからって、冬馬が立川の名前を名乗れないというのは……どうなのかしら……ねえ?」

その言葉には明らかに真名美に対する棘があった。真名美は何度も「すいません」とくり返すが、何に対して謝っているのかは分からなかった。

「これは僕から提案したことなんだよ、母さん」

重苦しい空気を破ったのは冬馬だった。彼の穏やかな口調には、迷いが一切ない。

「結婚は2人が幸せになるためのものだろう? 僕にとっては、これが最善の選択なんだ。だから、母さんたちにもそれを認めてほしいと思ってる。それに苗字が変わったって、立川家を捨てるわけじゃないよ」

そのときの感謝は今でも忘れられない。でも、真名美にとって自分の苗字がキャリアと直結する重みを持っていたように、嫁いできた立川の姓もまた義母にとって重いものだったのだろう。

それ以来、義母との関係には微妙な距離がある。表面上は穏やかな会話をしても、その裏には常に何かが漂っている気がしてならない。

「どうした?」

ふいに冬馬の声が背後から聞こえた。振り返ると、彼が湯呑みを持ってリビングに立っていた。

「ううん、何でもないよ」

無理に笑顔を作りながら答えたそのとき、玄関のドアベルが鳴った。  

義母がやってきた

義両親がリビングに足を踏み入れ、家の中に緊張が漂い始めていた。  

「まあ、立派なおせちね」

義母の視線がテーブルに注がれた。褒め言葉かと思ったが、続く言葉は嫌味に満ちている。

「こんな立派なものを作れるなんて感心しちゃうわ」

「……いえ、これは近所のスーパーで予約したものです。評判が良かったので」

義両親を出迎えるために用意したおせちは、4人前で2万円弱。手作りの場合、数千円で済むことはリサーチ済みだったが、冬馬も構わないと言ってくれていたし、失敗するリスクなども考えて出来合いを選んでいた。

「そうそう、真名美が色々調べてくれたんだよ」

「あら、そう。まあ今の若い人たちはそういうのも便利でいいのかもしれないわね。でも、昔はこういう縁起物をひとつひとつ手作りして、家族の幸せを願うものだったのよ」

義母の言葉に、リビングの空気が少しひんやりした。しかしフォローしようとしたのだろう、義父が柔らかく笑った。

「真名美さんは忙しいだろうからね。それに、見た目も華やかで美味しそうじゃないか」  

「そうね。でも、そういうものを作る時間を取るのも、家族としての大事なことだと思うのよ」

義母の視線は依然として真名美に向けられていた。 

「また……次の機会に挑戦してみます」

真名美は、こわばった笑みを浮かべたまま小さく答えた。  重苦しい空気を和らげようと、冬馬が箸を手に取って話題を変えた。

「まあ、早く食べようよ。ほら、栗きんとん。父さん、好きだったよね」

「おお、よく覚えてたな。いただくよ」

2人のおかげで少し空気が柔らかくなったかと思った矢先、義母がまた口を開いた。

「そういえば、真名美さん。この黒豆の意味、わかるかしら?」

突然の質問に、一瞬頭が真っ白になった。いや、知らないわけではない。おせち料理に込められた縁起の意味も聞いたことがある。でも、とっさに答えることができない自分に、なんとも言えない無力感が押し寄せた。

「えっと、確か……健康、でしょうか」

「まあ、間違いじゃないけど……でも、それだけじゃないのよ。黒豆にはね、まめに元気に働けるように、まめに暮らせるように、という意味が込められているの」

義母の声には、どこか勝ち誇ったような響きがあった。

「立派に大学で先生をしているって聞いてたから、そういうのも詳しいかと思ったけど、そんなことも知らないのね」

「ごめんなさい、不勉強で」

私は小さな声でそう答えた。心の奥底に、じくじくとした痛みが広がっていった。しかし義母は休む間もなく追い打ちをかける。溜息をつきながら箸を手に取り、甘エビを指差してこう言った。

「甘エビは腰が曲がるくらい長く健康に生きられるように。これだって縁起物だからちゃんと食べないとね。昔からそういう風習なのよ」

その言葉に、真名美は心底困ってしまった。甲殻類アレルギーがある真名美にとって、甘エビは手が出せないものだ。冬馬がすぐにフォローを入れてくれた。

「母さん、真名美はアレルギーなんだよ。前にも説明しただろ? 甲殻類は無理なんだ」

しかし、義母はその言葉に少し眉を上げて、わざとらしく溜息をついた。

「そう……縁起物なのに残念ね」

この場をどう収めたらいいのか分からず、真名美はただ「すみません」と俯いた。
家族の絆や幸せの象徴であるはずのおせち料理。それが今は、虚しい存在に思えてならない。なんとか場を和ませようとしてくれている冬馬と義父の笑い声が、だんだん遠ざかっていくような気がした。

●真名美への悪感情を隠す気もない、義母・真紀。家族のお正月は気まずい空気のまま終わってしまうのか。実は真名美は、自身のルーツにも関わる秘密兵器を用意していた。後編【正月にもかかわらずバトルする気満々の義母も思わず噴き出した、フランスにルーツを持つ嫁の“秘密兵器”】で詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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