正月にもかかわらずバトルする気満々の義母も思わず噴き出した、フランスにルーツを持つ嫁の“秘密兵器”
Finasee / 2025年1月20日 19時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
フランス文学の研究者としてキャリアを歩んでいる真名美は夫・冬馬の義母と折り合いが悪かった。
論文に記載される姓名と研究業績は紐づいている。研究者としてのキャリアの断絶を防ぐため、真名美は改姓するわけにはいかなかった。そのため、冬馬が真名美の姓である「山崎」を名乗ることを決めた。
義母はこれが気に喰わなかったのか、冬馬の改姓を相談したときから、真名美にとげとげしい態度を取るように。そして年末、義両親が真名美と冬馬が暮らす家へとやってくる。
縁起物であるおせちを皆で囲むものの、どこか空気が重い。真名美たちのお正月はどうなってしまうのか。
●前編:「この黒豆の意味、わかるかしら?」アラサー女性に義母が"おせちの知識でマウント"を取るワケ
アレ用意するから気まずい食事の時間が終わると、真名美は逃げるようにキッチンへ引っ込んだ。義母の視線から外れて深呼吸をすると、いくらか気分がマシになった。
「真名美、大丈夫か? さっきは母さんがごめんな……体調悪くない?」
食器の片付けを手伝いながら、冬馬が心配そうに真名美の顔を覗き込んで小声で話しかけてくる。
「う、うん、全然大丈夫だよ。それより、アレ用意するから冬馬は座って待ってて」
「……分かった。手がいるときは呼んでくれ」
冬馬の背中を見送ると、真名美は気持ちを切り替えるように冷蔵庫を開けた。
これ以上、彼に気を遣わせたくない。
自分がしっかりしなければ。
リビングに戻った真名美は、ガレットデロワをテーブルに置いた。パイ生地の香ばしい香りがリビングに広がる中、なるべく明るい声を心がけた。
「これ、ガレットデロワと言います」
「ガレット……デロワ……?」
聞きなれない単語に首をかしげる義父に、真名美は微笑みながら説明した。
「フランスでは新年に食べる伝統のお菓子なんです。中に小さな陶器の人形が入っていて、それを当てた人がその日の王様になれるんですよ。王様になると、その日1日王冠を被ってみんなから祝福してもらえます」
「へぇー、フランスには面白いお菓子があるんだな」
義父は感心したように頷いてみせたが、義母はお皿をじっと見つめたまま、少し眉を寄せた。
「……でも、おせちを食べた後にこれを食べるのは、ちょっと食べ合わせが悪い気がするわね。私は遠慮するわ」
彼女の一言に胸がざわつく。ある程度予想していたこととはいえ、やはり気持ちは沈んでしまう。
ちゃんと聞いてほしいよ「母さん……!」
「真紀、真名美さんがせっかく……」
冬馬と義父がすかさず義母をたしなめようとするが、彼女は2人の言葉を遮るように言った。
「せっかく日本の新年らしい料理をいただいたのに、すぐにフランス風のものを出されると、何だか落ち着かないというか……おせちには、それぞれ縁起のいい意味が込められているでしょう? だから、その余韻を楽しむ方が良いと思うのよ」
義母の主張も理解できなくはない。それでも、このお菓子の大切さだけは伝えたかった。
「確かに、おせちは素晴らしい日本の伝統ですよね。私も大好きです」
真名美は静かに、でもしっかりと義母の目を見て言った。
「でも、このガレットデロワにも、私の家族にとって大事な意味があります。フランスの新年には家族みんなでこれを囲んで、今年の幸運を願うのが昔からの習慣なんです」
義母は目を細めながら真名美の言葉を聞いていた。
「これは、母から教えてもらったレシピで作りました。母は父と結婚するときに、祖母から教わったそうです。おせちとは違う形かもしれませんが、どちらも家族の絆を象徴するものだと思うんです」
自分でも少し震えている声が分かったが、それを隠すことはしなかった。
真名美は、このお菓子に込められた家族の記憶や、フランスの文化を義母に伝えることができるかどうかだけを考えていた。
義母はお皿に目を落としたまま、しばらく黙っていた。
「母さん」
冬馬の声が割って入った。その声は穏やかだったが、どこか力強さを感じさせるものだった。
「真名美がここまで話してるんだから、ちゃんと聞いてほしいよ。母さんだって、自分の家族の伝統を大切にしてるだろう? それと同じで、真名美にとってこのガレットデロワも、家族を想う気持ちの象徴なんだ」
義母は何かを言いかけたが、その声は届かず、代わりに義父が口を開いた。
「真紀、若い2人が自分たちの家庭を作っていこうとしているんだ。それに、食い合わせがどうとか言ってるけど、文化の違いを楽しむのも悪くないと思うぞ」
義父はそう言いながら、手元の皿をちらりと見た。
「これはこれで美味しそうじゃないか」
「……わかったわ」
義母は小さく息を吐き、テーブルに目を落とした。
ご苦労なことね「……あら?」
義母の手が止まり、フォークの先に何か固いものが当たったような音がして、真名美は思わず身を乗り出した。
「それ、フェーヴですね!」
義母が驚いたようにガレットデロワの中をのぞき込むと、小さな陶器の人形が姿を見せた。
まさか義母が引き当てるとは思わなかった。
次の瞬間、義父が声を上げた。
「おお、真紀が王様か! こりゃ今年は縁起がいいな」
「……そんな大げさな」
義母は少し恥ずかしそうにしながらも、まんざらでもない様子でフェーヴを手に取った。
その表情には、少しだけ柔らかな笑みが浮かんでいた。
真名美は急いで用意していた紙の王冠を取り出し、義母の前に差し出した。
「王様になった方に、これをお渡しするのが伝統なんです」
義母は目を丸くして、それから小さく噴き出した。
「まあ、そんな子どもみたいなこと」
「せっかくですから、被ってみませんか?」
真名美は笑顔を向けたが、義母は顔を少し赤くして首を振った。
「そんなの、恥ずかしくて被れるわけないでしょう」
そう言いながらも、差し出された王冠をしっかりと手に取る義母。
「これ、わざわざ作ったの? ご苦労なことね」
憎まれ口を叩きながらも、義母が小さなフェーヴと王冠をそっと手提げ袋の中にしまったのを見て、真名美は思わず笑みを漏らした。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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