1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. 経済

夫はメンタル不調、“尊敬する先輩”はまさかのパワハラ…そしてバリキャリ妻が気づいた「夫婦にとって大切なこと」

Finasee / 2025年1月22日 19時0分

夫はメンタル不調、“尊敬する先輩”はまさかのパワハラ…そしてバリキャリ妻が気づいた「夫婦にとって大切なこと」

Finasee(フィナシー)

<前編のあらすじ>

中堅の医療機器メーカーで日々仕事に邁進する里沙だったが、ある日出版社で勤める夫の徹が働けなくなってしまう。

働いていれば辛いこともある。そんな思いを抱く里沙には徹がどこか甘えているように見えていた。「いい加減にしろ」働かず無精ひげまで蓄えるようになった徹についに里沙は声を荒げてしまう。

その言葉に奮起するかと思いきや、親に𠮟られた子供のように泣きじゃくりだす徹。変わり果ててしまった夫の姿に里沙は呆然とするのだった。

●前編:「謝罪botかよ」年始から突如働けなくなった夫にバリキャリ妻が辛辣な言葉を投げかけたワケ

会社に届いた手紙

夫がソファの上で号泣した次の日も、里沙はいつも通り、朝から病院を訪問してまわった。勉強会に参加した甲斐もあり、新製品のセールスにも問題はない。医師に専門的なことを聞かれてもすらすら答えられたし、前任者から引き継いで間もない病院とも信頼関係を築けている自信がある。

しかし、仕事に没頭しながらも、ふとした瞬間に夫の泣き顔が浮かんだ。あれは、里沙が泣かせたようなものだ。とはいえ、自分が間違ったことを言ったとは思えない。

そんなことを考えつつ訪問先の病院からオフィスへ戻ると、空気がいつもと違うのに気が付いた。みんな妙にソワソワして、全体的に落ち着きがない。

「何かあったの?」

里沙は隣のデスクで仕事をしている同僚の玉木に声をかけた。玉木は妊娠中で、今月末には産休に入る。里沙と同じ営業職だが、妊娠中ということで外回りはしておらず、ずっとオフィスで仕事をしている。里沙がいない間になにがあったのか知っているはずだった。

「うん、ちょっとね…」

ここでは話しにくいからと、オフィスに併設されているカフェスペースに移動した。この時間帯、社員はほとんどいない。

カフェでコーヒーを飲みながら、玉木がそっと教えてくれた。

「実は、榎本さんがパワハラで訴えられたの」

「えっ、パワハラ!」

「ちょっと、声が大きい!」

「ごめんごめん。で、誰に?」

「榎本さんのチームに新卒の若い女の子がいたでしょ。あの子が『パワハラされた』って弁護士に相談して、今日その弁護士から本社に手紙が届いたんだって」

ちゃんとしろっていうのもパワハラなの?

榎本は、里沙にとって特別な存在だった。新卒でこの会社に入った里沙は、榎本に育てられたといっても過言ではなかった。医師とのコミュニケーションにおいてなにが重要なのか、製品の説明をするポイントはなんなのか、クレームが起きたときにはどうすれば良いのか。さまざまなことを榎本から教えてもらった。

一緒に飲みに行ったことも何度もあるし、里沙の結婚式でも主賓挨拶を務めてくれた。今はもう別々のチームになり、以前に比べて交流は減っていたが、榎本から引き継いだ病院の医師からは「榎本さんそっくりだ」と言われることもあるほどに影響を受けている。里沙にとって「頼れる先輩」のひと言では片付けられない存在だった。

「何で榎本さんが?」

「今日はリモートだから本人からはなにも聞けてないんだよね。でも、そんなに変なこと言う人じゃないと思うんだけど…」

「そうだよね。私も信じられない」

「でも、榎本さん、社会人なのに自分に甘すぎる、何でこんなこともできないんだ、ちゃんとしろ、ってけっこう強めに指導してたみたいなんだよね」

「いやいや、そんなことでメンタル病まれたら仕事になんないでしょ」

里沙はパワハラを訴えた社員こそに問題があると感じた。厳しい言葉をかけられたら、たしかに辛い気持ちになる。しかし、上司は心配して言ってくれているのだから、そこは部下がくみ取るべきところだ。

とはいえ、問題化してしまった以上、榎本は処分されてしまうだろう。最近はなんでもかんでもハラスメント扱いされてしまう時代だし、会社はそれに異常なほど敏感だ。

「里沙も気をつけなよ~。榎本さんそっくりなんだから」

重い空気を払うように、玉木が冗談めかす。しかし今の里沙には愛想笑いすら難しかった。

「ねえ、ちゃんとしろっていうのもパワハラなの?」

「え、うーん、どうなんだろうね。時と場合によるだろうけど、具体的じゃないし、しんどいときに言われたら余計キツいんじゃないかな」

「そうなんだ……」

「なに、もしかして心当たり? 勘弁してよ? 育休明けて戻ったら里沙がいないと困るんだから」

「そういうんじゃないよ」

と、言いながらも里沙にはすでに心当たりがあった。それは会社の同僚にではなく、今も家で休んでいるであろう夫へ投げかけた言葉への心当たりだった。

夫が変わってしまったワケ

去年の秋ごろ、夫は部署異動で書籍編集からWebメディア運営に変わった。

ある程度の時間をかけて1冊の本を作り上げていくのと違い、Webはコンテンツの消費サイクルが異様に早く、まるで勝手が違うとよく家で嘆いていた。

大変なのは分かる。夫は書籍編集の仕事にやりがいを感じていたから、今回の人事が不服だったという気持ちもあったのだろう。

「まあ、大変かもだけどさ、疲れてるのに部署移動して辛いとか、そういう泣き言ばっかり聞かされるこっちの身にもなってよ」

「あ、うん、ごめん。気をつける」

「別にいいけどさ、やりたいことだけやるのが仕事じゃないんだし、ちょっと考えが甘いんじゃない?」

夫のことを思ったエールのつもりだった。だが、夫には突き放すように聞こえたのではないだろうか。

思えば、夫の様子はあのときから既におかしかったのかもしれない。それでも必死に、たとえば里沙に愚痴をこぼすことで、なんとかバランスを保っていた。それなのに、里沙は無碍に突き放し、夫からその機会を取り上げた。

もしかしたら、徹を追い詰めたのは自分かもしれない。そんな考えが脳裏をよぎった。そんなはずはないと否定しようとしても、その考えは脳裏にこびりついて離れなかった。

珍しく定時退社をして家に帰った里沙だったが、いつも寝そべっているリビングのソファに夫の姿はなかった。会社に行かなくなってから、いつも帰宅するとソファに寝転んでいたのに、どこに行ったのだろう。寝室やトイレ、浴室にもいない。夫に電話をかけてみたが、何度かけても出ない。

里沙は恐ろしいことを考えてしまった。まさか、いくらなんでもそんな思い切ったことはしないだろう。そう否定しながらも、心臓の鼓動が大きくなっていくのが自分でも分かった。

「里沙、おかえり」

背後からいきなり声をかけられ、里沙はあまりの驚きに腰を抜かしそうになった。振り返ると、そこにはコンビニのビニール袋を手にした夫が立っていた。

「ちょっと、どこに行ってたの?」

「どこって、今日はなんか少し気分がよくてさ、コンビニでジュース買ってきたの」

「電話したんだから出てよ」

「うわ、ほんとだ。ごめん全然気づかなかった」

スマホを確認して、徹は小さく笑った。そういえば、会社に行かなくなってから徹が笑ったのを初めて見た気がする。以前はよく笑う人だったのに。

徹が無事だったことに胸を撫でおろすと同時に、自分にとって本当に大切な存在なのだということを改めて自覚した。

「よかった……」

「なんかごめん」

安堵の息を吐く里沙に夫は謝った。里沙は首を横に振った。

「ううん。謝んなきゃいけないのは私のほう」

「なんで里沙が謝るのさ。謝るのは俺だよ。会社に行けなくなって情けないし、恥ずかしいし」

気がつくと、里沙は夫のことを抱きしめていた。夫は困惑しながら、まるで貴重なガラス細工を手に取るような優しさで、里沙の背中に腕を回した。

「ごめんなさい。私、徹の気持ち、全然考えられてなかった。ずっと戦ってたんだよね。苦しかったんだよね。独りにして、ごめん」

「どうしたの、急に」

見上げた夫は笑っていた。笑いながら、大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。

それから久しぶりに里沙と徹はしっかり話をした。里沙は心療内科に行くことを勧め、徹もそれを受け入れてくれた。心療内科に行って診断書を出してもらえれば、正式に会社を休職することもできるし、治療の糸口や病気との付き合い方も見つけられるだろう。

徹と話しながら、里沙は結婚したばかりの頃を思い出していた。あの頃、担当している病院の医師からクレームをつけられ、病院を出入り禁止になった。そんなとき、支えてくれたのは徹だった。夜中までビール片手に愚痴に付き合って、優しい言葉をかけてくれた。だから里沙は立ち直ることができた。

だから今度は、自分が徹を支える番だ。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください