「好き勝手やらせすぎだよ」フリーランス夫の不調で老後破産の危機に瀕した50代夫婦を救った”大手銀行勤め”の息子の行動
Finasee / 2025年1月24日 19時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
フリーランスで編集ライターをしている夫・裕とパートで働く妻の一美、二人の暮らしは決して裕福ではないものの、順風満帆と言えるものだった。
しかし、裕の新型コロナウイルスり患を期に陰りが見えるようになる。後遺症に悩まされたのか、裕はうまく原稿が書けなくなり、しまいには締め切りを守れず、執筆のペースを落とさざるを得なくなる事態に。
収入は下がるばかり。しかも裕にはフリーランスで働いているため、なんの保障もないにも関わらず、国民年金保険料を支払っていないという大きな問題もあった。
二人の生活はどうなってしまうのか……。そんなおり、大手銀行に勤める息子の達郎が帰ってくる。
●前編:「生涯現役」が口癖のフリーランス夫がコロナにり患し収入激減、50代夫婦に訪れたあわや老後破産の危機
大阪で働く息子が帰郷年の暮れに、久しぶりに息子の達郎が帰ってくることになった。
達郎は都内の私大を卒業したあと、大手銀行に就職した。いくつかの支社を転々とし、今は大阪で働いている。時折連絡こそ取っていたものの、年末に帰ってくるのは3年ぶり。
しかし嬉しいはずなのに、素直に歓迎できずにいることが苦しかった。
一美は、達郎に夫の窮状を悟られないかを気がかりに思っていた。自分の人生を歩んでいる息子に余計な心配をかけたくないという気持ちが強く、裕がコロナに感染したことは電話で伝えていたものの、その後の後遺症や裕の仕事、家計のことは達郎に話したことがなかった。
そして一美の懸念はあっさりと息子に見抜かれる。「父さんどうしたんだよ?」と聞かれたのは、裕を置いておせちの具材を買うために近所のスーパーへ車で買い物に出ていたときだった。
「どうって?」
「とぼけるなって。明らかに変だろ。前まで生涯現役だとか言って、年末年始だって構わず仕事してたのに、さっきちょっと書斎覗いたら、いびきかいて寝てたよ」
息子に情けない姿は見せられないと書斎に引っ込んでいたのだろう。だが集中力が続かず、何もしていないのに疲れている裕はデスクに向かって仕事をしているふりをすることさえできなかったらしい。
もう隠しているのは難しく、一美は諦めてすべてを話すことにした。運転席でハンドルを握る達郎は静かに聞いていたが、衝撃は受けたらしく、話し終えてもしばらくは黙り込んだままだった。
やがて、達郎が「あとどれくらいあるの?」と訊いてきて、一美は一瞬なんのことか分からずに首を傾げた。
「貯金だよ。老後貯めてたってやつ」
「そうね。あと600万くらいはあったと思うけど」
「足りないね……」達郎は神妙な表情で考え込む。「老後はだいたい2000万くらい必要って言われてるんだよ。もちろん母さんのパートもあるし、父さんだって働けるうちは働くだろうから全然足りないってこともないだろうけど、けっこう厳しいね」
「厳しい」と改めて突きつけられた現実に、一美は返す言葉もない。分かってはいたが、裕の痛々しい様子を見ているのが辛く、なるべく考えないようにしていたことでもあった。
「年金は? 今はひとまず貯金とかでしのいでさ、減額はされるけど、繰り上げで60歳から少し早めにもらうっていうのも手だと思うけど」
「それがね……」
達郎が親を思って真剣に提案してくれていることはよく分かる。だからこそ、事実を伝えるのがどうしようもなく申し訳なかった。
「え、払ってないの?」
「そうなの……。お父さん、生涯現役だって言ってたでしょ。それに年金なんてあてにならないから、自分たちの老後は自分で面倒見ればいいんだって」
「いやいや、それで病気して50代から貯金すり減らしてるなんて笑えないでしょ。何考えてんだか……」
達郎が呆れたと言わんばかり頭を抱える。一美にはもうどうすることもできず、ただただ「ごめんなさい」と胸のうちの申し訳なさを煮詰めた言葉がこぼれる。
「母さんが謝ることじゃないけどさ、ちょっと父さんの好き勝手やらせすぎだよ。今日、俺のほうから父さんに話してみるからさ」
年金、払ってなかったんだって達郎が裕に切り出したのは、夕食が終わり、年末特集の音楽番組を見ているときだった。
「母さんから聞いたよ。年金払ってなかったんだって」
裕はそう言われた瞬間に一美のほうへ恨みがましい視線を向けたが、一美は気づかないふりをして皿を洗った。
「仕事も思うようにできてないんだろ?」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだ!」
身体に酒が残っていたこともあり、裕は声を荒げた。しかし、達郎は怯まない。
「俺だって好きでこんな話をするわけじゃないよ。父さんひとりの問題だったら口を出さない。でも、これは俺や母さんも巻き込む話なんだよ」
達郎は年金の制度や保険料を支払わないリスクなどについて、裕に丁寧に説明した。最初は不満げに聞いていた裕だったが、少しずつ顔色が変わってきているのが一美にも分かった。
「俺が見る限り、父さんがこれまでみたいにずっと働き続けられるとは思えない。自分でも薄々分かってるでしょ?」
達郎がそう言ったとき、裕はうつむいてしまった。一美は、こんなに弱気な態度の裕を初めて見た。自分の息子にここまで厳しく言われたのがよっぽど堪えているようだ。
「もうしばらく年金を払ってない。今さらじゃ遅いだろう」
「大丈夫。未納でも時効の範囲内だったら納付できるはずだ」
達郎は年金制度について裕に説明をした。未納でも時効である2年以内であれば、あとから納付ができる場合がある。どれくらいの未納期間があるかにもよるが、後からちゃんと保険料を支払えば国民年金を満額受給できる可能性もある。
「父さんはぜんぜん手遅れじゃないんだよ。母さんのためにも、ちゃんと保険料を納めて年金をもらおうよ」
達郎はそう言って、父親に優しく微笑んだ。一美はその笑顔をどこかで見たような気がした。それは、裕がまだ元気だった頃、毎日のように見せてくれていた笑顔とそっくりだった。
結局、裕は未納だった国民年金保険料を納付し、今後は毎月しっかりと保険料を支払うことに同意してくれた。
国民年金の納付履歴を調べた結果、裕には約1年8カ月分の未納期間があることが明らかになった。
納付しなければならない金額は約30万円にのぼった。決して少なくない金額だが、裕は預金を切り崩して納付を済ませた。家計はさらにギリギリになってしまうが、それでも払わずにこのまま生活を続けるリスクを考えれば、決して無駄だとは思わなかった。
ある日、一美がパートを終えて帰宅すると、裕がリビングで不動産の雑誌を読んでいた。雑誌の特集は『定年後の田舎暮らし』。表紙には、豊かな緑に包まれた一軒家のイラストが描かれている。
「どういう風の吹き回し? いつから田舎暮らしに憧れるようになったのよ」
「この前、コラムを書いた雑誌だよ。それに、憧れっていうか、俺もお前も若くないし、歳を取ったら生活費の安い田舎でのんびり暮らすのも良いかなって思ってさ」
裕は最近、以前のようによく笑う。そして「生涯現役」と口にしなくなった。コロナに感染したことや、息子に怒られたことで、裕の価値観も大きく変わったようだった。
「へぇ、いいじゃない。私、実は憧れてたんだよね。家も広くなるし」
一美は裕の隣に座り、雑誌を覗き込んだ。日本各地で田舎暮らしを送っている人の体験談が掲載されている。せっかく田舎で暮らすなら、新婚旅行で裕と一緒に旅をした北海道がいいなと一美は思った。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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