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「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…」お受験に没頭した母に突き付けられた無慈悲な結果、そして気づいた「親としてすべきこと」とは

Finasee / 2025年1月25日 11時0分

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…」お受験に没頭した母に突き付けられた無慈悲な結果、そして気づいた「親としてすべきこと」とは

Finasee(フィナシー)

<前編あらすじ>

4歳の娘・美織のささいな一言からお受験に熱を入れるようになった一美だが、夫の康は「美織はまだよくわかっていないのでは」と否定的だ。

そんな康の姿が教育熱心ではなかった実の親の姿に被ったのか、一美はより一層美織のお受験に身も心もささげるようになっていく。二人の溝は深まるばかり、そして美織の表情にも陰りが見えるようになってしまう……。

●前編:「私たちが道を示してあげなきゃ」娘の幸せを願う平凡な主婦がハマってしまった「お受験の沼」

お受験に身が入らない夫に苛立ち

一美は毎朝誰よりも早く起き、リビングで受験に関する書類を広げるのが日課になっていた。康が制止する言葉も耳に入らない。一美の中で、美織の将来のためにできる限りのことをするという決意がすべてだった。

「美織のためなんだから」

一美はその言葉を呪文のように何度も繰り返した。

いつの間にかママ友の中でも、一美は「教育熱心な母」として知られるようになっていた。塾の送迎を欠かさず、模試の結果に一喜一憂しながら、他の母親たちと情報交換に勤しむ。習い事をさせておいたほうがいいと聞けば、美織にピアノを始めさせ、日夜付きっ切りで練習させた。次第に一美はママ友たちの輪の中心に立つようになり、他の母親たちから相談を持ちかけられることも増えた。

しかし一方で。家庭のなかでは孤立してもいた。受験に対して前のめりになる一美に反し、康は何かにつけて後ろ向きだった。小学校受験は親の受験とも言われており、特に面接対策に向けて、夫婦ともに協力するという姿勢は欠かせない。それなのに康は、塾の面接練習会にも仕事を理由に遅刻し、髪の毛もボサボサでやってくる。

志望動機を聞かれれば「娘のためにそうしろと言われたので……」と満場一致で不合格となるような返答をするありさまだった。康のやる気のない態度に両親の姿が重なり、一美はさらに苛立ちを募らせた。

「どうしてちゃんとやってくれないの? 父親なら父親らしくしてよ!」

「父親らしくって何だよ。もう勘弁してくれよ!」

  いつの間にか、夫婦の会話はほとんどが口論になっていた。

家族から消えていく笑顔

そして受験の日が近づくにつれ、一美から放たれる空気はますます殺伐としていった。美織の生活すべて、――遊ぶ時間でさえも、受験のためのものとなっていた。

「いい? 暗い色でお絵かきなんてしたら、心に問題がある子なのかなって思われちゃうのよ。だから明るい色で画用紙いっぱいに描くの」

美織がお絵かきしているそばから、一美が事細かく口を挟む。

「何を描きましたかって聞かれたら、なんて答えたらいいと思う?」

美織が上目遣いでもじもじしながら答える。

「……パパとママ?」

「違う! パパとママを描きました、でしょう? それと赤い色で空を塗りつぶすのはだめよ!」

さらに一美は自分で面接の質問集と回答集を作成し、何度も美織に暗唱させた。渋る康にも、「美織のためなのよ」と説き伏せ、すべてを暗記させた。不意打ちで質問をしても、即完璧に答えられるようになるまでそれを続けた。

いつの間にか家から笑顔が消えていた。その状況に胸が痛むことはあったけれど、「今だけ、今頑張ればこの先の美織の人生は安泰なのだから」と、一美は心を鬼にし、受験の日を迎えた。緊張はしたが、やれるだけのことはやった。

完璧よ、完璧にできたはず――。

その日の面接を何度も反芻しながら、一美は美織と康とともに家路についたのだった。

私、どうかしてた

「不合格」

合格発表当日。パソコンの前に張りついてページの更新を待っていた一美の前に現れた3文字は無慈悲だった。ぱっと画面に現れたその無機質な文字を、一美はしばらく理解できなかった。嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……。

「どうして……。こんなに頑張ったのに……」

 一美は頭を抱えた。

「ママ……」

心細そうに、美織が呼びかけた。その瞬間、一美は自分の感情が心の底からうねり上げるのを止めることができなかった。気づけば叫んでいた。

「せっかくお金をかけて準備してやったのに! どうしてこんな結果になったのよ!」

その言葉に、美織の瞳から大粒の涙が次々とこぼれ落ち、しゃくり上げるような泣き声が響く。

「ごめんなさい……」

美織の哀哭に、一美ははっと我に返った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

今まで見たことがないほど怯えた美織の表情に、一美は全身の力が抜けていくのがわかった。

その晩、遅くに帰宅してきた康も、受験の結果は自分で調べて知っているのだろう。ソファに座り、呆然としている一美の隣に、康は黙ってその隣に腰を下ろした。泣き疲れた美織はすでに眠っていて、リビングには呼吸の音すらはばかられるような重い沈黙が続いていた。

「私、どうかしてた」

 か細い声が漏れると同時に、一美は顔を両手で覆った。

「本気で美織のためだと思っていたの。まさか美織があんなに苦しんでたなんて」
そこまで言うと、一美の口から嗚咽が漏れた。康は何も言わずに一美の背中に手を置き、静かにその手を上下させた。

自分の両親のようには絶対になりたくないと思っていた。けれども彼らが一美を苦しめたように、気づいたときには一美も美織を苦しめていた。形は違えども、一美は両親と同じ過ちを美織にしてしまったことを悟った。謝るべきは美織じゃない。一美のほうだった。

一美の荒い呼吸が収まるのを待って、康が口を開いた。

「確かに美織は傷ついたかもしれない。でも今からでも遅くない。美織が本当に幸せになるために、俺たちに何ができるのかを考えていかないか」

康の言葉は柔らかかった。一美の瞳から、再び涙が溢れて止まらなくなる。

康とともに寝室に向かった一美は美織に寄り添い、その小さな手をそっと握り締めた。大切なものは、すでにここにあったのだ。すべて揃っていたのだ。お受験だとか将来だとか、そんなことよりももっと大切な思いが一美の心から溢れ、気づけば口にしていた。

「美織、大好きだよ」

美織が薄く目を開け、一美の手を握り返し再び眠りについた。激しい後悔が一美を埋め尽くす。その愛おしい寝顔を、一美はいつまでも見つめ続けた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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