トランプ大統領就任で潮目が変わる? 日本製鉄「USスチール買収」の行方 カギ握る保護主義と規制緩和の“はざま”
Finasee / 2025年1月23日 18時0分
Finasee(フィナシー)
日本企業による米国企業買収劇―バブル期のある“既視感”
以前アメリカに住んでいた時、「アメリカは鉄の国、日本は紙の国」という印象を持ったことがある。一時帰国から戻る際のANAの機内は和紙を思わせる繊細なデザインで、JFK(ジョン・ F・ ケネディ国際空港)からニューヨークの自宅に戻る途中、車窓から見た高速道路や鉄骨の橋梁といった、武骨だが力強い鉄のインフラを見てそう感じたのだ。
さて現在、日本製鉄がUSスチールを買収しようとして、バイデン大統領(当時)によって阻止された一連の動きは興味深い。このニュースを最初に見たとき、アメリカの鉄鋼業に日本企業が買収を仕掛けることに対する心理的な抵抗は、1989年に三菱地所がロックフェラー・センターを買収した際にアメリカ国内で生じた反発と似ているのではないかと思った。しかし一連の動きを追う中で、これはそれ以上に複雑な構造を持つ問題だと感じている。
日本製鉄会長の記者会見ににじむ問題の“本質”日本製鉄の橋本英二会長が先日の記者会見で行った説明は説得力があり、この事案の本質を捉えているように思えた。記者会見の内容を基に、会長の主張を私なりに整理すると次のようになる。
1.USスチールの現状:業績不振により再建の必要がある。
2.日本製鉄の技術力:日本製鉄の高い技術を導入すれば、現在USスチールでは製造が難しい高級鋼が作れるようになる。これにより、米国の鉄鋼業の競争力が高まる。
3.国家安全保障への貢献:日本製鉄の技術は、米国のインフラ整備や防衛産業にも役立つ可能性がある。
4.反対勢力の存在:日本製鉄の米国参入は、競合するクリーブランド・クリフス社にとって脅威となる。このため、クリーブランド・クリフス社と全米鉄鋼労働組合(USW)の会長が連携し、組合の強大な政治力を使って大統領に買収阻止を働きかけた。
5.阻止の理由の本質:表面上は「安全保障上の懸念」が理由だが、実際には競争環境の変化に対する抵抗が背景にある。
この一連の動きをまとめると、今回の買収は経済的には米国とその鉄鋼業全体にメリットをもたらす可能性が高い。しかし、競合する企業や労働組合など一部の利害関係者にとっては、厳しい状況を招く可能性があるため、これを回避する目的で政治的に阻止されたという構図が浮かび上がる。
資本主義においては、競争を通じた「創造的破壊」が経済発展を促す。敗者を生む過程も含めて、それを受け入れる仕組みが本来の資本主義の姿だ。しかし今回のような保護主義的な動きは、それとは対極にある。これが「資本主義の国」として知られるアメリカで起きたという点が興味深い。
保護主義vsリバタリアニズムの行方最近、70年近く前に書かれたアイン・ランドの小説『Atlas Shrugged』(邦訳『肩をすくめるアトラス』)を読んだ。この小説では、画期的な新合金が産業構造を大きく変えるが、既得権益層がそれに反発し、政治的な力を使って新合金を厳しく規制する。その結果、経済が停滞し、最終的には破綻してしまう。小説の底流には、規制を徹底的に排除しようとするリバタリアニズムの思想がある。
このリバタリアニズムは、FRB元議長アラン・グリーンスパンやスティーブ・ジョブズも支持していたとされる。そしてイーロン・マスクが提唱する「メリトクラシー(能力主義)」とも共通する部分がある。
トランプ大統領は保護主義者というイメージが強いが、リバタリアニズム的な側面も持ち合わせていると言われている。そのため、日本製鉄によるUSスチール買収が再び議題に上がった場合、トランプ政権下では実現する可能性があるのではないかと個人的には考えている。
木村 大樹/Keyaki Capital代表取締役CEO
野村證券でオルタナティブ商品の営業に従事した後、ニューヨークで証券化ビジネスに携わり、サブプライム危機に直面しながら問題解決に努める。帰国後はバークレイズ証券を経て、2012年にシティグループ証券の年金ソリューション部長、2015年からはマッコーリー・インベストメント・マネジメント日本代表。2020年に個人に公開されていない世界中のプライベートアセットへの投資機会を、充実感と高揚感に満ちた投資体験として提供するKeyaki Capitalを創業。一橋大学経済学部卒。
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