「みんな兄のように慕っていました」最低だった父の過去を解き明かす、児童養護施設の“青い梅”
Finasee / 2025年2月4日 18時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
佳菜子は父を恨んでいた。連帯保証人となり借金をかかえ、ギャンブルと酒におぼれ暴力をふるい家庭を壊し、母の死の遠因を作ったからだ。
そんな父にも、ついに最後のときが訪れた。佳菜子には気がかりがあった。父が病床でうわごとのようにつぶやいた「青色の梅の花」の存在である。
いったい何のことなのか。父の遺品を整理しながら、てがかりを探るなかで、佳菜子は父の日記を見つける。
「今日、満子とあの梅を見た。相変わらず綺麗だった」
そこには、父が母と共に故郷の田舎町へと旅行し、「梅の花」を見たと思しき記述があった。佳菜子は真実を知るため、日記に記された父の故郷へと向かうことを決めた。
前編:「本当は優しい人なんだよ」酒とギャンブルにおぼれ、暴力をふるい…”最低の父”を母がかばったワケ
一路父の故郷へ青いペンキを塗り重ねたような冬の休日の朝、佳菜子は車に荷物を詰め込み、父の故郷に向けて出発した。
「青色の梅の花が見たい」
父が最期まで口にしていたその言葉の意味。今さらそれを知ったところで、もう父に見せることはできないし、そもそも見せてやる義理も感じない。にもかかわらず、佳菜子は懸命に「青色の梅の花」の正体を追い求めている。
カーナビが徐々に目的地に近づいていることを示すたび、ハンドルを握る手には自然と力が入ってしまう。
梅の花が見つかった父が暮らしていたのはほんの少し潮の香りがする小さな港町。その外れにはなだらかな丘があり、その中ほどにある教会の児童養護施設が父の育った家だった。
緩やかな坂道を上り、教会の駐車場に車を停める。海から町をすり抜けて吹きあがってくる風は冷たく、佳菜子は身を震わせる。
教会のなかをのぞいてみるが、人の姿はない。キリスト教って日曜日にミサをするんだよね、というざっくりした知識で、特にアポもなく訪れたのがいけなかったのだろうか。佳菜子は誰もいない教会のなかに静かに足を踏み入れた。
空気は外同様に冷たいが、より寂しく感じられる。古く色褪せたベンチが並び、埃をかぶったオルガンがあり、十字架に縛り付けられたイエスの像が佳菜子を慈しむように見下ろしている。その向こう、奥の壁にはステンドグラスがあり、佳菜子の足元に水の模様を映している。
父はこの場所で何を思い過ごしたのだろうと考える。あのオルガンを弾いただろうか。神に祈っただろうか。祈ったとしたら何を、どんな願いを込めたのだろうか。
教会は静まり返っている。答えはない。
佳菜子は入口で小さく礼をして教会を出る。
外に出ると、すっかり日が暮れていた。朝は晴れていたはずなのに、空は薄っすら曇っているせいか、町から離れているせいか、夜は思いのほか暗い。佳菜子はスマホのライトをつけ、枯葉や枯枝を踏みしめながらあたりを歩く。
教会の裏手に回ると、梅の木は拍子抜けするほどすぐに見つかった。
子どもが遊び場に使っていそうな広い空間の真ん中に、まるで子どもたちを見守るようにぽつんと佇む梅の木。白い花を咲かせ、教会のなかのイエスのように、見るものを慈愛で包む梅の木。
だが青くはなかった。降り積もったばかりの雪のように柔らかな白が、夜の黒にできた足跡みたいに咲いていた。
「きれい」
佳菜子がそう呟いた瞬間、雲の切れ間から月がふいに顔を出す。差し込む月光は梅の木を越えて教会を照らす。そして――。
ステンドグラスに反射した月光が、梅の花を淡く、青く、染め上げた。
佳菜子は息を呑んだ。地面に膝をつき、声にならない叫び声をあげた。自分でも自分の感情が分からないまま。
確かなのは、父が望んだ「青い梅の花」がそこにあるということ。
父が育った児童養護施設で「綺麗でしょう?」
気持ちがようやく落ち着いたころ、背後から近づく気配があって声がした。佳菜子が振り返れば、薄いグレーの修道服に身を包んだ老齢の修道女が立っていた。
「ええ……つい見とれてしまって……勝手にすみません」
「いえ、構いませんよ。ここは教会ですから、何者も拒みません。それに、この場所にいらっしゃる方は皆さん、この木に惹かれるようです」
シスターの包み込むような雰囲気がそうさせるのか、それともこの光景のせいかは分からないが、気がつくと佳菜子は自然と口を開いていた。
「亡くなった父が、『青色の梅の花が見たい』と何度も言っていたんです。でも、何のことだか私には分からなくて……それで、実家の整理をしていたら、故郷の丘に梅の木があると知って。ようやく、父の言葉の意味が分かりました」
「そうですか。昔、ここは児童養護施設をしていましてね。夜は暗いので出歩いてはいけないんですけれど、どうしてもこの夜の梅が見たいからって、みんな内緒で抜けだしたりしたものです」
修道女が小さく笑う。つられて佳菜子の口の端もほころんだが、言い方が少し気になった。
「もう施設はやられてないんですか?」
「ええ。15年ほど前に。今は少子化ですし、もともと経営も順調とは言い難かったですから」
「そうですか……」
ついこの前まで関係なかったはずなのに、なぜか佳菜子が寂しい気持ちになる。父は施設の閉鎖を知っていたのだろうか。
物思いに耽りそうになる佳菜子を、修道女が小さな声で呼び止めた。
「もし人違いでしたら、忘れていただけると嬉しいんですが、ひょっとすると、あなたのお父様のお名前は、藤川雄弥さんとおっしゃるのではありませんか?」
「え? どうして父の名前を……?」
予想もしていなかった言葉に困惑する佳菜子をよそに、修道女は小さく微笑む。
「やっぱりそうでしたか。優しい目元なんかそっくりです」
「いえ、そんな」
佳菜子は反射的にかぶりを振った。父と似ていると言われたが、不思議と嫌悪感は湧かなかった。嫌いだった目元に、しわが寄る。
「雄弥さんは、ちょうど私の5つ年上の、頼りになるお兄さんでね。私もみんなも兄のように慕っていました。施設から出たあとも、お金や玩具を寄付してくれていました。結婚するときには、奥様を連れて梅の木を見に来てもくれていました。もう50年以上も昔のことですけれど」
父の日記に書かれていたことだろう。
修道女が嘘を吐く理由がないことも、どれもこれも事実であることも、頭では分かっているはずなのに、どうしても佳菜子が知っている父の姿とは結びつかなかった。
「雄弥さんは、どんなお父さんだったのですか?」
だから彼女に訪ねられても、佳菜子は黙るしかなかった。言えるはずがないと思った。借金とギャンブル、暴力で家族を壊した最低な父親だったとは言えなかった。
「分からないんです。分からないから、父の言葉の意味を知りたくて、ここまで来たんです」
「そうでしたか」
修道女はそれ以上深く聞かず、穏やかにうなずいた。
「答えは見つかりましたか?」
「どうなんでしょう。より分からなくなったかもしれません」
「そうだ。少しお待ちいただけますか? お渡ししたいものがあるんです」
そう言って教会のなかへ消えていった修道女が戻ってくると、彼女の手には1枚の古い写真があった。写っているのは、若き日の父と母が梅の木の前で並んでいる姿。
「以前、ご挨拶に来てくださったとき、せっかくだからと撮ったんですけれど、恥ずかしいの一点張りでもらってくれなくてね」
それは少しだけ、父らしいと思った。
「この写真は差し上げます。あなたが持っているほうが、雄弥さんも喜ぶと思いますから」
佳菜子は修道女にお礼を言ってから、再び梅の木を見上げた。父がどんな思いでこの梅を見上げていたのか、ほんの少しだけ理解できるような気がした。
風が吹く。青い花びらが微笑むように揺れる。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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