「本当は優しい人なんだよ」酒とギャンブルにおぼれ、暴力をふるい…“最低の父”を母がかばったワケ
Finasee / 2025年2月4日 18時0分
Finasee(フィナシー)
「俺も行くよ」
そう言って立ち上がろうとした夫の肩を、佳菜子はそっと押し返した。
「いいの。今日も私1人で行ってくるから。夕方には戻るし」
父・雄弥が老衰で亡くなったのは、数カ月前のこと。享年88歳、大往生と言えるだろう。
それ以来、誰もいなくなった実家の片付けに行く佳菜子に、夫は毎回同じように声をかけてくれる。すでに独り立ちした2人の子どもたちが休日に連絡をくれることもあった。お母さん1人じゃ大変でしょ、手伝いに帰るよ、と。
しかし佳菜子は、いつも彼らの申し出を断るのだ。その理由は、自分でもはっきりと分かっている。彼らには、佳菜子が生まれ育った家が孕む暗さに触れてほしくなかったからだ。
車のドアを閉め、1人きりで古びた実家へ向かう道すがら、嫌でも過去の記憶が蘇った。
お父さんはね、本当は優しい人なんだよ最低の父親だった。
父の存在が家族をどれだけ苦しめてきたか、佳菜子は忘れようにも忘れられない。
物心ついたころから、家の中はどこか重苦しい空気に包まれていた。
原因は父の借金。若いころに友人の連帯保証人になったせいで、父は多額の借金を抱えることになった。母が夜遅くまで内職に励む姿は、今でも佳菜子の脳裏に焼き付いている。縫い物をする手が赤く腫れ、指先が血でにじむこともあったが、それでも母は決して弱音を吐かなかった。
「佳菜子、学校の勉強、頑張るんだよ。それが1番大事だから」
母の言葉にうなずきながらも、佳菜子は知っていた。優しい母がこんなにも疲れた顔をしているのは、父のせいだということを。
借金返済のために日雇い仕事を転々としていた父だったが、実際稼いだ金が家族のために使われることはほとんどなかった。家に帰ると不機嫌な顔で酒をあおり、空になった一升瓶をテーブルに叩きつけては、母に怒鳴り散らす父。
「こんなんじゃ全然呑み足りねえ!! 酒を切らすなって何べん言や分かるんだ!?」
酔っ払った父の叫び声に、幼い佳菜子と弟は震える手で耳をふさいだ。それでも声は家中に響き渡り、母の言う通り隠れるように押し入れの中で丸くなるしかなかった。
酒に酔った父は暴れて手に負えず、物を投げたり、食器を割ったりすることもあった。
母は佳菜子と弟をかばいながら、いつも黙って耐えていた。
「大丈夫よ、2人とも。お父さんはね、本当は優しい人なんだよ。今は少し、辛い時期だから、仕方がないんだよ」
そう言いながら、母が堪える姿を見るたびに、佳菜子はどうしようもない無力感に襲われた。
さらに、父のギャンブル癖も家族を苦しめた。
借金を返すどころか、少しでも手元にお金があれば競馬やパチンコに使ってしまう。しかも負けが込むたび、父の機嫌はさらに悪くなり、佳菜子たち家族に八つ当たりをする。
「家に金がねえのは、てめぇらのせいだ!! この金食い虫が!!」
そんな生活が続くうち、母はついに倒れた。
そして、二度と立ち上がることはなかったのだ。
医者からは「心不全」と言われたが、佳菜子には分かっていた。
父が母を追い詰めたのだ、と。
佳菜子は父を心の底から憎んだ。自分の半分に流れる父の血を恥じた。
だがいくら憎んでも、父は父だった。佳菜子は父を切り捨てることができなかった。
高校を卒業して働き、少しずつ借金を返した。父の次の怒りの矛先が自分に向いても母のように耐えた。
そんな折、取引先の営業マンだった夫と知り合い、恋に落ち、プロポーズされる・だが佳菜子には首を縦に振れない事情があった。だが夫は、涙ながらにわけを話す佳菜子の頭を優しく撫で、父の借金を返すためのお金を工面してくれた。
そうしてようやく、佳菜子は地獄から解放された。35歳のときだった。
借金を返し終えた佳菜子は、夫の勧めもあって父とは距離を置くことにした。しかしそれでも数年前、父が倒れたと病院から連絡があったとき、佳菜子は迷うことなく病院へ向かった。
弟は「あんなやつの葬儀には死んでも出ない」と頑なだったが、佳菜子は父の最期を看取った。夫も快く、父の看病をする佳菜子を支えてくれた。
だがどうしてそんなことができたのか、自分でもよく分からない。
父のことは変わらず憎んでいる。母を殺し、家族を壊し、佳菜子から人生を奪いかけた男を憎んでいる。
車を停め、深い溜息をつきながら実家の玄関を見上げた。
窓ガラスは薄汚れ、壁に走る小さなひびから名前も分からない草が何かを侵すように生えていた。
古びた鍵を回し、扉を押し開けると、渇いた音とともに埃のにおいが佳菜子を包み込む。
青色の梅の花が見たい薄暗い実家のリビングで、佳菜子は1人、散乱する荷物を片付けていた。
父の葬儀を終えてから、この家に足を運ぶのも、これで何度目だろうか。
業者に頼めばすぐに片付くことを、あえて自分の手で進めているのには理由があった。
「青色の梅の花が見たい」
父は病床で何度もそう口にした。最初は弱った老人の戯言だと思った。でもあまりにも何度も繰り返しているうちに、それが何なのか気になった。
「青軸の梅の花のこと?」
佳菜子は父に尋ねた。だが、父はゆっくり首を振った。
「違う、違う。青色の梅の花が見たいんだ」
かすれた声で呟いたきり、それ以上の説明をしなかった。
いや、入院生活の後半は、せん妄症状が出て、ぼんやりしていることも多かったから、説明したくても出来なかったのかもしれない。
「梅が見たいなら2月までは頑張らないとね」
佳菜子は声をかけたが、父は何も答えなかった。
結局、梅の花が咲く季節を待たず、父は逝去した。「青い梅の花」が何なのか知りえないまま、いいや、最期まで何ひとつ分かりあうことができないまま、父はいなくなった。
だからだろう。
佳菜子はあの男が人生の終わりに執着したものが何なのか知りたいと思った。父のためではない。もし何か少しでも分かり合えていたならば、母を守れず、家族が壊れていくことを止められず、弟とともに押し入れで丸くなるしかなかったあのときの自分にかけてあげられる言葉を見つけられるような気がした。あるいは、本当の意味で、父と向き合うことができるはずだった。
だから佳菜子は実家を片付けながら、青い梅の手がかりを探す。
理解できなかった父を、まだ知らない父を探して。
押し入れから古い聖書を見つけて、佳菜子は少し驚いた。そういえば、父は教会が運営する児童養護施設の出身だったと、母から聞かされたことがあるような気がする。何にしても、借金やギャンブルに溺れて家族の人生を破壊した父は、清貧から最も遠い人間だったのだから笑うほかにない。
聖書に積もった埃を払い、段ボールのなかにしまい込む。捨てるのは忍びないが分厚い本は保管しておくにも困るな、などと考えながら、作業する手を動かし続ける。押し入れの途中から新しい写真が足されることのなくなったアルバムを確かめ、友人の借金に保証人を頼まれて迷っているという記述を最後に、あとは白紙になっている日記を隅々まで読み返した。
そこには佳菜子の知らない父がいた。母が愛した父がいた。
ふと、日記に書かれた文章に目が留まった。父が書き残した文字はどれも不器用なミミズが這ったようで、ところどころ読み取れない箇所も多かったが、その2つの文章だけはやけにはっきりと、読み取ることができた。
――今日、満子とあの梅を見た。相変わらず綺麗だった。
前後で読み取れる断片から類推するに、どうやらまだ佳菜子が生まれる前、父が小さいころに過ごした故郷と呼べる田舎の町へ、母と旅行に行ったときのことらしい。
この「梅」が「青色の梅の花」なのか確証はなかった。だが、それでも自然と、まるで近づいた磁石が吸いつくような自然さで、佳菜子は父の故郷へ向かおうと決めた。
●佳菜子は父の故郷で日記に書かれていた梅の木を見つける。しかし、それは雪のような白さをたたえた花を咲かせていた。月の光が梅の木を照らしたとき、佳菜子は「青い梅」の真実と、父の過去を知るのだった。後編:【「みんな兄のように慕っていました」最低だった父の過去を解き明かす、児童養護施設の“青い梅”】にて詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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