「保険証? とっくに切れてるわよ」”偏屈”な義母が、病院に運び込まれ起こってしまった大トラブル
Finasee / 2025年2月2日 17時0分
Finasee(フィナシー)
<前編のあらすじ>
ゆかりの義母・瑛子はいわゆる偏屈な姑である。
節分の日には、ゆかり宅に上がり込み、頼まれてもいないのに恵方巻から大豆の食べ方まで監視・指導する始末である。
せっかくの節分に嫌な空気だけを残し、嵐のように去っていった瑛子。彼女が起こすトラブルは、もちろんこれだけで終わることはなかった……。
前編:「よそ見しないの!」“恵方巻の食べ方まで監視する”義母、最悪な空気になった節分の結末は
見知らぬ番号から電話が土曜日の午後、暖房の効いたリビングで、翔太と一緒にテレビを見ていたときだった。自宅の電話がけたたましく鳴り響き、ディスプレイには見知らぬ番号が表示されていた。
「はい、どなたでしょうか……?」
ゆかりは不審に思いながら電話を取ると、張り詰めた声が耳に流れ込んできた。
「木本瑛子さんのご家族の方でしょうか?」
「ええ、木本瑛子は義理の母ですが……」
市内にある総合病院を名乗ったその声は、義母が買い物中に倒れて、救急車で病院に運ばれたことを淡々とゆかりに告げた。
とはいえ、現実味のない話だった。義母はつい先日、あんなに元気そうに豆まきを指揮していたばかり。あのパワフルな義母が倒れる絵が、いまいち想像できなかったのだ。
「おばあちゃん、倒れたって」
電話を切ったゆかりはテレビの前の翔太に呆然と伝える。翔太は聞こえるか聞こえないか微妙な大きさで「え」と喉の奥を鳴らす。テレビからは昼間のワイドショーの賑やかな笑い声が響いている。
保険証が切れてるって病院の白い壁と無機質な空間が、ゆかりの心を余計にざわつかせた。
受付で名前を伝えると、案内されたのは1階の処置室だった。簡易的な寝台の上には義母が横になっており、点滴を受けながら天井を見つめていた。
「お義母さん」
ゆかりが近寄って声をかけると、彼女は顔をこちらに向けたが、その表情はどこか不機嫌そうだった。
「何で来たのよ。頼んでないわよ、こんなこと」
「でも倒れたって聞いて、心配で……」
冷たい言葉に、一瞬胸が痛んだ。だが、今はそれを気にするべきではない。ゆかりは義母の傍らに座り、医師の説明を待った。
「だから大したことないって言ってるじゃないの。医者もあんたらも、いちいち大げさなんだから」
その間も義母は、不満そうにぶつぶつ文句を言っていた。
どうやら憎まれ口を叩くだけの元気はあるようだ。
ゆかりはその様子を見て呆れながらも、ほっと胸をなでおろした。
翔太も椅子に座り、小さな声で「おばあちゃん、元気そうでよかった」と呟いていた。
それからほどなくして、医師がやってきて状況を説明してくれた。
幸いなことに義母は軽い貧血による倒れ込みだったが、頭を打ったかもしれないため念のため精密検査をしたこと、年齢を考えると定期的な健康診断や生活習慣の見直しが必要だとのことだった。
「とりあえず今日は点滴が終わったら帰れますからね」
そう言って医師が去った後、ゆかりは義母に健康保険証を出すよう促した。
「お義母さん、保険証貸してください。先に受付で精算してきますから」
しかし、義母の反応はどこか鈍かった。不審に思いながらも何度か催促すると、ついに義母は観念したように口を開いた。
「保険証なんて……そんなもの、とっくに切れてるわよ」
「えっ?」
ゆかりは思わず自分の耳を疑った。
「保険証が切れてるって……もしかしてお義母さん、国民健康保険払ってないんですか?」
「……だって、今まで病院にかからなくても何とかなってたし……健康な人間が保険料を払うなんてバカらしいじゃないの」
ゆかりが恐る恐る尋ねると、義母はばつが悪そうに口ごもりながら答えた。
一般的に配偶者を亡くした専業主婦は、自分自身が被保険者となって国民健康保険に加入する必要がある。もちろん亡くなった義父の扶養に入っていた義母も例外ではない。しかし、この様子では義父の死後、手続きすら行っていなかったようだ。夫もゆかりも葬儀の準備などは適宜手伝ってはいたが、義母の健康保険のことまではとても頭が回っていなかった。さらに尋ねると、何度か督促状も来ていたようだが、知らぬ存ぜぬを決め込んでいたらしい。
「ってことは……今回の病院代、全額自己負担になるってこと……?」
頭を抱えるゆかりを尻目に義母は素知らぬ顔で視線をそらした。
全額自費に病院の会計窓口で提示された請求書を見た瞬間、ゆかりは目を疑った。
「……5万?」
声を潜めたつもりだったが、思わず驚きの声が漏れてしまった。
たった1回の点滴治療と精密検査、診察だけで、この金額。
義母が健康保険を払っていなかったことを知ったときの衝撃が再び胸に広がった。
「これ、どうするんですか?」
ゆかりは点滴を終えたばかりの義母をちらりと見たが、彼女は視線を逸らしたまま
口を閉ざしていた。
「……何とかするわよ」
そう言いつつも、財布を取り出す義母の手は明らかに震えていた。近所に買い物に出ていただけの義母が5万円もの現金を持ち歩いているとは思えない。
「はあ……カードでお願いします」
仕方なく、ゆかりは自分のカードで支払いを済ませた。窓口のスタッフが申し訳なさそうに微笑むなか、義母は何も言わずにじっと立っているだけだった。
帰り道の車内は、奇妙な静けさに包まれていた。
後部座席に座る義母は窓の外を見つめたまま何も言わない。ゆかり自身もどう話を切り出せばいいのか分からず、運転に集中するふりをする。
しばらくして沈黙を破ったのは、意外にも翔太だった。
「おばあちゃん、あんなに豆いっぱい食べてたのに、ご利益なかったね」
幼い声でぽつりと呟いたその言葉に、ゆかりは思わず笑いそうになった。
ルームミラー越しに義母の顔を見ると、いつものように怒るでもなく、返す言葉を探しているようだった。
「それとこれとは……」
そう口を開きかけたものの、結局、義母は何も言い返さずに黙り込んでしまった。その姿が珍しく、ゆかりは内心の愉快さを噛み殺すのに必死だった。
「お義母さん」
信号待ちの間に、ゆかりは義母に声をかけた。彼女は檻にでも閉じ込められていると言わんばかり、まだ外を眺めたままだ。
「元気になったら、一緒に国民健康保険の手続きをしましょうね。またこんなことがあったら大変ですから」
「……分かってるわよ」
その返事は、どこか拗ねたようにも聞こえた。だが、それ以上反論がなかったこと。どうやら今回のことは、義母的にも相当こたえているらしい。
「おばあちゃん、貧血なんでしょ? お肉たくさん食べて早く元気になってね」
素直なその言葉に、義母が少しだけ微笑んだのがミラー越しに見えた。
「……迷惑かけてごめんなさいね。それに、……ありがとうね、翔太……ゆかりさん」
翔太の頭を撫でながら少し照れくさそうに義母が自分の名前を呼んだ声をゆかりは聞き逃さなかった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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