トーレスを輝かせた「魔法のアシスト」 盟友ジェラードと戦ったキャリア最高の3年半

Football ZONE web / 2019年8月23日 11時15分

■現役引退が近づく名ストライカー 引退会見の言葉から蘇ったリバプール時代の光景

His Armband proved he was a red,
Torres! Torres!
You’ll Never Walk Alone it said,
Torres! Torres!
We bought the lad from sunny Spain,
He gets the ball he scores again,
Fernando Torres! Liverpool’s number 9!

彼のアームバンドがレッズの証
トーレス! トーレス!
そこには You’ll Never Walk Alone の文字
トーレス! トーレス!
我らが太陽の国スペインから連れて来た男
ボールに触ればまたもやゴール
フェルナンド・トーレスはリバプールのナンバー9!

 もうすでに29年間もリーグ優勝から遠ざかっているとはいえ、イングランドの名門リバプールには近年も多くの名選手が所属した。そしてその名選手の数だけ様々なチャントも存在するわけだが、なかでもこのフェルナンド・トーレスのチャントは非常に印象深い。

 原曲は『The Animals Went In Two By Two』という子供番組のテーマソングだが、勇ましいメロディーがマーチのリズムに乗り、歌っていると知らず知らずのうちに気分が高揚する。

 そんな調べに、2007年のリバプール移籍前に在籍したアトレチコ・マドリード時代、トーレスが巻いた主将のアームバンドの裏に『You’ll Never Walk Alone』と、レッズ(リバプールの愛称)のアンセムのタイトルが書き込まれていたという、サポーターなら涙腺を緩ませるようなエピソードが引用され、歌詞となった。

 だからして、このチャントが生み出す高ぶりと、あの頃の“神の子”と異名を取ったトーレスがゴール前で見せた竜巻のような凄まじさが相まると、ただでさえ熱いリバプール・サポーターの愛と情熱がより一層膨張し、スタジアムに勇気と希望が漲った。

 ちなみにジェラードのチャントはワルツの『ケセラセラ』が原曲で、このチャントが歌われる(現在でも毎試合のように歌われるが)と、スタジアム全体に至福が広がる。

 6月23日に行われた引退会見で、トーレスが「最も印象に残るチームメートは?」という質問に対し、「スティーブン・ジェラード」と即答した場面を見て、そんな2人のチャントが耳の奥でこだました。


ジェラードとのコンビネーションは圧巻だった【写真:Getty Images】

■圧巻だったボルトン戦での電光石火のゴール

 英国のリバプールを熱狂させたスペイン人を現地で間近で見た日本人としては、トーレスが自分の母国で引退を発表するということに不思議な因縁も感じて、“本当にあの頃はスペシャルだった”と、リバプール時代の若きトーレスの姿がくっきりと脳裏に蘇った。

 特に、最盛期だったジェラードとのコンビネーションは圧巻だった。

 この2人さえいれば、どんな劣勢からでもゴールを奪える――そんな印象が強い。個人的な意見で申し訳ないが、その象徴的なゴールは、移籍初年度、2007-08シーズンの12月2日にホームのアンフィールドで行われたプレミアリーグのボルトン戦(4-0)、前半45分に当時23歳のトーレスが記録した2点目だと思う。

 相手に攻め込まれて、奪い返したボールをジェラードが足もとに収めたのは自陣中央の深いセンターバックの位置。そこから自慢の右足を振り抜いて、矢のようなロングボールを前方に吹っ飛ばす。

 その60メートル先にいたのが、トップスピードに乗ったトーレスだった。2人の相手DFの間をあっという間に割り、そのまま置き去りにすると、右サイドのタイトアングルから飛び出したGKの頭をふんわりと越えるループシュート。相手のボルトンイレブンは狐につままれたような表情になるしかない、まさに電光石火のゴールだった。

 このように、テクニカルなスペインからやって来たトーレスは、フィジカル的で速いプレミアのサッカーの中に混合しても、そこからさらなる力強さとスピードで浮かび上がる身体能力があった。一見するとハンサムな優男に見えたが、そんな外見でプレミアの世界一剛健なセンターバック(CB)陣を吹っ飛ばしまくったのだ。そのフィジカルの強さは、当時のプレミア、いや欧州、ということは世界でも屈指と言える強さを誇ったマンチェスター・ユナイテッドのCBコンビ、リオ・ファーディナンドとネマニャ・ヴィディッチさえ手玉に取るほどだった。

 ユナイテッド戦でトーレスが鉄壁を誇ったファーディナンド、ヴィディッチのコンビから奪ったゴールは、当時のプレミアで最強を誇り、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)も制して栄光を欲しいままにしていた最大のライバルに対し、苦々しい思いを噛み潰すしかなかったリバプール・ファンの溜飲を大いに下げた。


チェルシーではの不振ぶりは、リバプールファンでさえ胸が痛んだ【写真:Getty Images】

■リバプールのファンでさえ胸を痛めたチェルシーでの不振ぶり

 2年目の08-09シーズンは怪我に泣いた。1年目でリーグ戦24ゴールを奪い、期待以上の活躍をしたトーレスが万全だったら、宿敵ユナイテッドに勝ち点「4」差の2位で終わったこのシーズンは「優勝できた」と言い張るリバプール・ファンは無数にいる。

 実際、あのトーレスとジェラードにあと1、2枚決定力のある選手が加われば、10年前にリバプールのプレミア初優勝は実現していたかもしれない。

 ところが、投資目的でリバプールを買収したトム・ヒックス、ジョージ・ジレットのアメリカ人オーナーコンビは補強に全く無関心だった。このオーナーの態度に、当時、トーレスとジェラードが選手として最盛期にいたように、監督として全盛だったスペイン人のラファエル・ベニテス(現・大連一方監督)がしびれを切らし、やる気を失うと、リバプールを愛し、愛されたトーレスも“トロフィーへの渇望”には勝てず、チェルシー移籍を決意した。

 しかしチェルシーでの成績は12-13シーズンのリーグ戦8ゴールが最高で、全くの鳴かず飛ばずに終わった。リバプール時代と同じ3年半の在籍で、110試合に出場してわずか20ゴール。強くて速いしなやかな両足使い、豪快なミドルも決める右足は豪脚、しかも空中戦も強い――。102試合65ゴールを記録した、そんなスーパーなイメージだったリバプール時代の姿とは異なったチェルシーでの不振ぶりは、ライバルクラブへの移籍で悲しみのどん底に突き落とされたリバプール・ファンでさえ、胸が痛むほど悲惨だった。

 当時のブルーズ(チェルシーの愛称)は、第1次ジョゼ・モウリーニョ政権後のポゼッション・サッカーで、ストライカーにはスペースのないボックス内でテクニカルなワンタッチでのフィニッシュ能力が求められた。このチェルシーのプレースタイルと、一瞬でDFの裏に抜けるスピードが武器だったトーレスの特徴が噛み合わなかった。

 そしてチェルシーにはジェラードのように、トーレスが大好物だった速い縦パスを出すMFの存在がなかったことも、“神の子”が輝きを失った原因だったのは間違いない。

 トーレスにとってジェラードが特別な存在だったことは、引退会見で本人が「一瞬だけでもあの3年半に戻ってみたい」と語ったことでも、ひしひしと伝わってきた。

 20代前半の韋駄天スペイン人が相手DFを面白いようにぶっち切ったのは、ジェラードからの強烈かつ正確なロングボールがあったからこそ。トーレスを“神の子”に変える、魔法のアシストだった。(森 昌利/Masatoshi Mori)

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