なぜ五輪サッカーは「世界最高峰ではない競技」なのか 4年に一度の祭典で直面した除外の危機の歴史【コラム】
FOOTBALL ZONE / 2024年7月23日 7時1分
■【連載:五輪とサッカー】オーバーエイジが採用された理由
パリ五輪のサッカー競技が開会式よりも早く、7月24日にスタートする。1900年の第2回パリ大会で正式競技に採用されたサッカーは、参加選手資格を変えながらも「特異な存在」として続いてきた。「世界最高峰の大会」の中での「世界最高峰ではない競技」。国際サッカー連盟(FIFA)と国際オリンピック委員会(IOC)の関係から五輪サッカーを考える連載を5回にわたってお届けする。第1回は五輪サッカー除外の危機だ。(文=荻島弘一)
◇ ◇ ◇
「あのままなら、サッカーはオリンピックから外れていたよ」
ショッキングな言葉を口にしたのは、長くIOC委員を務め、プログラム委員として五輪競技や種目の選別をしていた岡野俊一郎氏だった。1968年メキシコ大会サッカー日本代表のコーチとして銅メダル獲得に貢献し、日本サッカー協会会長(JFA)も務めた岡野氏の言葉に、FIFAとIOCの難しい関係が透けて見えた。
発端は2009年3月、FIFA理事会の提案だった。「男子の五輪参加資格を23歳以下から21歳以下に引き下げる」というもの。FIFAは強気だった。IOCとの話し合いの末に「妥協案」として採用された「23歳以下」を一方的に破棄。新たにU-20ワールドカップ(W杯)とほぼ変わらない「21歳以下」にすると決めたのだ。
もちろん、FIFAとしては総会の決議が必要だし、IOCの承認がなくては出場資格の変更はできない。それでも、当時FIFA理事だった小倉純二氏は「理事会の決定だから、そうなるはず。オリンピックは、より若い選手の大会になる」と話していた。新聞各紙に「五輪サッカー年齢制限引き下げへ」の見出しが躍った。
理事会決定の裏には、選手を供出するクラブの事情があった。23歳以下では、すでにクラブの主力としてプレーしている選手も多い。オフシーズンとはいえ、フル回転でシーズンを戦ってきた選手には休養が必要だし、主力を欠けばシーズン前のチーム作りにも影響する。
もともと、FIFAの定めたカレンダーに五輪は入っていないから、各クラブに選手を供出する義務はないし、メリットもない。大事な選手が怪我をしたり、疲れ切ってクラブに戻ってくるリスクもある。「オリンピックに選手は出さない」というクラブ側の意向をくんで、FIFAの理事会が決断したのが「年齢制限の引き下げ」。21歳以下にすれば、よりクラブの負担も軽くなるというものだった。
■印象に残る小倉FIFA理事の言葉「結局、みんなオリンピックのサッカーが好き」
全競技に「最高の選手の参加」を求めるIOCも黙っていない。23歳以下という制限を認めているうえに、さらに年齢を引き下げて「若手」を出そうとするFIFAに対し、「参加チームを16から12に減らすか、大会から除外する可能性もある」と「脅し」をかけた。
五輪競技の中でも圧倒的な人気があるサッカーは、IOCにとっても「ドル箱」。スタジアムの収容人数がほかの競技に比べて大きいこともあって、入場料収入に占める割合も多い。近年最も重要になる視聴率も、ほかの競技とは比べ物にならない。それも、各クラブで活躍するような人気選手がいてのもの。仮に知名度のない若手の大会になったら価値の暴落も間違いないから、IOCも慌てたのだ。
水面下でのせめぎ合いは、激しいものだった。IOCは「賢明な選択とは思えない」「FIFAとのいい関係を今後も続けたい」などと揺さぶりをかける。執拗な抗議に当初強気だったFIFAも軟化。年齢引き分けが正式決定する予定だった理事6月の総会では議題にも挙がらなかった。
小倉理事は当時「欧州と南米は強気だけれど、アジアやアフリカからは反対意見が強かった」と話している。すでにサッカー協会が力を持っている欧州や南米の国はいいが、アジアやアフリカの多くの国にとっては五輪から除外でもされれば大問題。「五輪競技」か否かで注目度は大きく変わる。国や各国オリンピック委員会(NOC)の支援も違ってくる。
IOC委員には、五輪競技出身者や国際競技団体の役員も多い。五輪におけるサッカーの重要性は認識しながらも、FIFAの「暴挙」に対する反発は強かった。「除外」を求める強硬意見も少なくなかったという。岡野氏は「サッカーだけ、そこまで特別扱いにはできないから」と話した。
結局、FIFAはこの年末の理事会で12年ロンドン大会も「23歳以下+オーバーエイジ3人以内」の現状維持を決定、その後も続いている。ギリギリのところで、五輪にとどまったサッカー。「結局、みんなオリンピックのサッカーが好きなんですね。やっぱりオリンピックでサッカーを見たいということだったんですよ」。小倉FIFA理事の言葉が印象的だった。(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)
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