失点関与のミスで決意の丸刈り アテネ五輪主将が明かす重責の大きさ「自分に務まるのか」
FOOTBALL ZONE / 2024年7月23日 7時40分
■【2004年アテネ五輪|GL敗退】那須大亮が与えられた重責「キャプテンの意味を理解していなかった」
4年に1度の大舞台、パリ五輪が間もなくスタートする。現在はYouTuberとして活躍する元Jリーガーの那須大亮氏は今から20年前、2004年のアテネ五輪にU-23日本代表のキャプテンとして出場し、2試合でピッチに立った。メンバー決定後の突然のキャプテン任命、グループリーグ初戦のパラグアイ戦での失点に絡むミス。その後のキャリアに大きな影響を与えた激動の大会を、当事者の言葉とともに振り返る。(取材・文=石川遼)
◇ ◇ ◇
アテネ五輪で日本はパラグアイ、イタリア、ガーナと対戦した。初戦でパラグアイに3-4で敗れると、続くイタリア戦も2-3と激しい打ち合いの末に敗北。第3戦はFW大久保嘉人のゴールによってガーナを1-0で下したが、1勝2敗のグループ最下位で敗退した。対戦相手のパラグアイが銀メダル、イタリアが銅メダルを獲得するなど、大会屈指の”死の組”での争いだった。
1999年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)で準優勝という輝かしい成績を残した2つ上の黄金世代”79年組”との比較で「谷間の世代」と呼ばれ続けたこの世代にとっては、厳しい現実を突き付けられる大会となった。
そんな大会で、那須はチームのキャプテンとして出場。最終予選で腕章を巻いていたMF鈴木啓太が本大会登録メンバー18人からまさかの落選となり、その役割は那須の元に回ってきた。オーバーエイジ(OA)としてGK曽ヶ端準とMF小野伸二の2人が招集されたが、「なんとなく言われる感じは予想していた」という本人の読み通り、当時の山本昌邦監督からキャプテンに任命された。
そして、実際にキャプテンとしてピッチに立った時、その肩書きの重さを初めて実感することになる。
那須は初戦のパラグアイ戦にセンターバックとして出場したが、キャプテンの重責が足かせとなったのか、らしくない判断ミスから前半5分と同37分に失点に絡み、ハーフタイムで屈辱の途中交代となった。
「普段から選手たちへの声掛けは積極的にやっていた方でしたけど、正直『自分にキャプテンが務まるだろうか』というのが本音でした。きっとほかにキャプテンがいて、その横でワーワー言っているのがすごく楽だったんだと思います。監督に『(キャプテンを)頼むぞ』と言われて、その時に断れなかった自分も自分だったんですけど、その役割をあまりに重く感じてしまったんです。キャプテンだから『特別なことをしなければいけない』と思っていた時点で、そもそもキャプテンというものの意味を理解していなかったんだなと思います」
ハーフタイムにはミスのショックから立ち直れず、ロッカールームでは頭を抱えていたという。「普段なら引きずるようなミスではなかった」はずが、プレッシャーが重なったことで頭は真っ白に。予選ではチームメイトを鼓舞する立場だったが、周りから「しっかりしろ!」と声を掛けられる側になっていた。
アテネ五輪を回想した那須大亮氏【写真:本人提供】
■響いた"鈴木啓太ロス"「やっぱり存在は大きかった」
パラグアイ戦後の”決意の丸刈り”が大きな話題を呼んだ那須だが、第2戦以降は先発の座を失った。
4年に1度の祭典。ただでさえ、いつも通りにプレーすることが難しくなる大舞台。アテネでの活躍をステップに、欧州リーグ移籍や将来の日本代表への夢も描いていた那須だが、そうした思いが「自分で自分を追い詰めてしまっていた」と当時を振り返る。
歯車は試合の前から少しずつ狂い始めていたのかもしれない。パラグアイ戦の前日譚として、こんなエピソードも明かしている。
「あの試合は固定(式スパイク)を履いたんです。でも、本当は(固定と取り替えの)ミックスを履く予定でした。前日練習で会場のピッチが使えなかったんですけど、別の場所でのトレーニングで固定のフィーリングが良くて、当日は『これでいこう』と。でも、そんなこと普段なら絶対にやらないです。失点したシーンも、映像で分からないかもしれませんが、足元が少し滑っています。それで一歩遅れて相手にボールを奪われてしまった。直前でスパイクを変えるなんて普段ならしないことをして、自分で自分を追い込んでしまった部分は大いにあったなと思います。予選の段階では全くそういうのなかった。なんか先のことばかりに目が行っていたというか、沼にハマってしまったような感じ……。今にして思えば、もう少し楽しんでやれていたら」
那須は第2戦のイタリア戦でベンチスタートとなり、サイドバックのポジションで途中出場。第3戦のガーナ戦はピッチに立つことはなかった。不完全燃焼に終わったが、キャプテンを任されたからこそ、大会を終えて改めて感じたのは前キャプテンの鈴木の頼もしさだったという。
「やはり啓太の存在は大きかったと思いますね。彼はピッチでいつも背中で引っ張ってくれていましたけど、それ以上にオフ・ザ・ピッチでの振る舞いが印象的でした。最終予選のUAE戦の前にはホテルでホワイトボードにミスチル(Mr.Children)の『終わりなき旅』の一節を書き出してチームを鼓舞したり、本当に苦しい時にアクションを起こしていました。言葉で伝えることももちろん大切ですけど、アクションでこそ伝わるものもあります。彼は、本気で何かを変えたいと思いながらアクションしてくれていて、本当にそこに助けられていたんだなと思い知らされました」
那須にとってアテネ五輪は、トップレベルの相手と真剣勝負で戦う貴重な経験だったと同時に、1つのミスが命取りになる勝負の世界の厳しさを肌で感じる大会となった。
(文中敬称略)
[PROFILE]
那須大亮(なす・だいすけ)/1981年10月10日生まれ、鹿児島県出身。180センチ・77キロ。鹿児島実業高―駒澤大―横浜F・マリノス―東京ヴェルディ―ジュビロ磐田―柏レイソル―浦和レッズ―ヴィッセル神戸。J1通算400試合29得点、J3通算1試合0得点。2004年アテネ五輪代表で主将を務め、在籍した7クラブではCB、SB、アンカーを遜色なくこなした。2020年元旦の天皇杯決勝を最後に現役引退。2018年夏に開設した公式YouTubeチャンネルは登録者数が47万人以上を誇り、さまざまな形でサッカーの魅力を発信している。(石川 遼 / Ryo Ishikawa)
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