J内定逸材がプロで「大きなミス」 悔やんだ“不甲斐なさ”、送り出した大学へ「申し訳ない」【コラム】
FOOTBALL ZONE / 2024年11月5日 20時10分
■ルヴァン杯決勝でフル出場、来季新潟入り内定のCB稲村隼翔が抱いた思い
聖地を熱狂させた死闘の余韻と、延長戦でも決着がつかず、3-3から突入したPK戦の末に名古屋グランパスに4-5で敗れた悔しさ。異なる感情を抱きながら戻った国立競技場のロッカールームで、アルビレックス新潟のセンターバック(CB)でフル出場した稲村隼翔はある試合の結果を検索していた。
気になったのはルヴァンカップ決勝から1時間遅れで始まり、名古屋の3シーズンぶり2度目の戴冠とほぼ同時刻に終わった11月2日の関東大学サッカーリーグ1部の第20節。稲村が所属する東洋大学は、前半に背負った2点のビハインドを取り返せないまま、首位の明治大学に零封負けしていた。
取材エリアに姿を現した稲村は「感謝しかないです」と、胸中に秘めた思いを語りはじめた。
「監督もスタッフも自分のキャリアに対して真摯に向き合ってくれて、こういう判断をしてくれた。選手のみんなも『お前がいなくても勝てるから、しっかりやってこい』と言ってくれた。だからこそ今日は勝って、皆に『優勝したよ』と報告したかった。チームにはまず『ありがとう』と、そして『申し訳ない』と伝えたい」
来シーズンからの新潟加入が昨年に内定した稲村は、JFA・Jリーグ特別指定選手として承認され、タイミングが合えば新潟が臨む公式戦に出場してきた。特に大学の試合がないミッドウィークに開催されるルヴァンカップでは、最終ラインに欠かせない存在感を放ってきたなかで10月に入って状況が一変した。
川崎フロンターレとの準決勝。第1戦は9日の水曜日に行われ、稲村がフル出場した新潟が4-1で先勝した。対照的に第2戦が行われた13日は日曜日で、東洋大は12日に東京国際大とのリーグ戦が組まれていた。当初は第1戦限定の帯同だった稲村は、電話越しに東洋大の井上卓也監督へ新潟でプレーしたいと伝えた。
「自分の思いを伝えました。監督も『行きたいと思うほうに行っていい』と言ってくれたので」
稲村が再びフル出場した第2戦も2-0で制し、クラブ史上で悲願の初タイトル獲得へ王手をかけてからは東洋大の一員に戻り、筑波大戦、関東学院大戦とフル出場を続けてきた稲村は再び選択を迫られる。そして、井上監督をはじめとするサッカー部に背中を押されながら、稲村は名古屋との決戦でも先発に名を連ねた。
■歴代最多の6万2517人集結、大舞台でのプレーは「本当に幸せでした」
いつものように、キックオフ直前にFW小野裕二に背中を叩いてもらう。目の前の試合に集中するための“儀式”を済ませた稲村は、歴代最多の6万2517人の大観衆が見つめる大一番へ臨んだ。
「身体が震えるほどの大歓声のなかでプレーできたのは本当に幸せでした。ただ、いざ試合が始まればピッチ以外は見ないタイプなので、プレー自体には集中して試合に入れました」
こう振り返った稲村は左CBとして、ゴールキーパーから短いパスをテンポよくつなぎ、敵陣に迫っていく新潟独自のスタイルに、利き足の左足を駆使して積極的に関わっている。大舞台に物怖じしたようにも見えなかったが、それでも試合後には「大きなミスをしてしまった」と悔やんでいる。
稲村が振り返ったのは前半42分。名古屋のFW永井謙佑が、同31分に続いて決めた2点目だった。
敵陣の中央でボールを受けたMF椎橋慧也が、浮き球のパスをペナルティーエリア内の右へ送る。ターゲットは味方を追い越して侵入していったMF稲垣祥。稲村が競り合いではなくカバーリングを選択して後退した状況で、ボールは制空権を有した稲垣からMF和泉竜司につながれ、最後は永井がゴールネットを揺らした。
ゴール前で仰向けになり、降り続ける雨に打たれた稲村は何を思っていたのか。
「あの場面では自分が先にパスに触り、クリアしていれば失点は防げていた。見ている方々にとっては面白いゲームだったのかな、と思いますけど、自分のあのプレーには不甲斐なさしか感じていません」
試合は後半に入って新潟が1点を返し、アディショナルタイムに入った5分には、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入を経て獲得したPKをFW小見洋太が決める。突入した延長戦でも1ゴールずつをゲット。そして、天国と地獄とを分け隔てるPK戦にもつれ込んだ時点で、稲村の役割はほとんど終わっていた。
フィールドプレイヤーで最後の10番目と、まず回ってこないキッカーだった稲村が舞台裏を明かす。
「PKに対する苦手意識は特にないですけど、両足のふくらはぎから下の部分がほとんどつっていて、蹴るのはちょっと、という状態だったので、正直に伝えて変えてもらいました」
PK戦は5人目で終わった。守護神ランゲラックを含めて5人全員が決めた名古屋に対して、2人目を担うもゴールの右に外し、表彰式になっても号泣し続けたFW長倉幹樹の姿が新潟の悔しさを象徴していた。
■成就させるべき目標をリスト化「理想と現実がようやく近づいている」
東洋大学在学中の肩書きで、正式加入前に歴史的な一戦で120分フル出場した稲村は「プロサッカー選手は幸せな職業だと、改めて感じました」としながら、自らへ厳しい矢印を向けるのを忘れなかった。
「個人としては、もっといいプレーができたという思いがあります。自分のなかでは、入団前だからどうこう、とは思っていません。22歳という年齢はサッカー界では決して若くはないし、こういう舞台を経験して当たり前くらいじゃないとダメだと思ってきたので。その意味でも自分のところでもうちょっと時間を作るというか、自分がボールを保持して、相手のプレッシャーを引き出してから空いたところをパスで刺すとか、自分が1枚を剥がせる場面が何回もあったので、そこに関してはまだまだ課題だと思っています」
FC東京U-15深川から群馬・前橋育英高を経て、東洋大に入学したのが2021年。身長182センチ体重72キロのサイズと、サッカー界では希少価値の高い左利きという武器を見込まれ、高校時代にアタッカーからCBへコンバートされていた稲村は、大学4年間で成就させるべき目標を自分のなかでリスト化している。
「3年でプロ入りを内定させて、4年で(特別指定で)活躍する目標がありました。根拠のない自信とともに描いていた理想の自分と、現実の自分とがようやく近づいている感覚があります」
ルヴァンカップでの活躍を介して、目標の一端を鮮やかに達成させた稲村は、できるだけ早い段階での日本代表入りもリストのなかに加えていた。プロの世界に対する思いは、決勝を経てさらに強くなった。
「悔しいと思った分だけ強くなれるし、負けたからこそ得られるものもある。決勝が終わったあともすごく悔しい思いを募らせているし、この悔しさを自分の成長に対するベクトルに変えていきたい。左利きという点で評価されがちですけど、ディフェンダーとしてしっかり評価される選手になりたい。日々の積み重ねがすべてだと思っているし、だからこそ目指していく場所をより高く設定していきたい」
リーグ戦に目を移せば、新潟は残り3試合で16位とJ1残留争いの渦中にいる。残り2試合となった関東大学リーグとの兼ね合いに、稲村は「これまでと同じく、大学とクラブとが話し合う形です」と語るにとどめた。リーグ戦でも新潟の力になってほしい、とファン・サポーターに思わせるパフォーマンスと、両手からあふれるほどの課題を収穫として抱えながら、ホープが主軸として臨んできたルヴァンカップが幕を閉じた。(藤江直人 / Fujie Naoto)
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