入国管理局の個室で続いた尋問「もうダメだ…」 突きつけられた現実、へし折られた自信【インタビュー】
FOOTBALL ZONE / 2024年11月8日 7時10分
■Jリーグ時代に持っていたスピードへの自信「全く通用しなかった」
いまや200人を超える日本人選手がプレーしている欧州に、15年前、果敢に挑んだ男がいた。元ジュビロ磐田、べカルタ仙台の太田吉彰氏は2009年7月、海外でのプレーを夢見て単身、海を渡った。5か月間のうちで受けられた入団テストは3クラブだけ。その1つが渡欧後1か月ほどで入団テストに漕ぎつけた当時フランス2部のル・マンFCだった。(取材・文=福谷佑介)
◇ ◇ ◇
2009年7月に磐田を契約満了で退団し、ヨーロッパに渡った太田氏だが、入団テストのオファーすらなく、フランクフルトで1か月ほど過ごした。マインツにある8部のクラブに週2、3回程度、練習参加をさせてもらいながら、懸命に調整していた。ようやく決まった最初の入団テストは、2004年から2008年まで松井大輔氏がプレーしていたフランスのル・マンFCだった。
松井氏が5年間在籍していただけあって、ル・マンFCは選手もクラブスタッフも日本人に対して温かかった。「最初の1週間ぐらいがテストだよって言われました。僕以外にも毎日のように新しいテスト生がいたのを覚えています」。アフリカ系選手が多いフランスリーグのクラブ。下部のチームだったものの、初めて受けたテストで太田氏は「正直、やれるだろっていう自信が失われました」と衝撃を受けた。
ジュビロ磐田でプレーしている頃からスピードが武器だった太田氏。下部チームには自分よりもはるかに若い18歳、19歳といった選手たちがいたが、圧倒された。
「足の速さは自信があって、日本ではそう簡単に負けないぐらいのスピードもあったと思うんですけど、全く通用しなかったんですよね、速さも身体能力も。膝の怪我でスピードが多少落ちた可能性もゼロではないですけど、もう本当に足は伸びてくるわ、身体を入れられるわ、スピードも互角どころか向こうの方が速いんじゃないかみたいな状況で『うわ、これきついな』って感じました。今、伊東純也くんとか、中村敬斗選手とかもちろんほかの選手もそうですけど、やれてることが信じられないです」
1週間ほど行われたテストの結果は不合格。ル・マンFCから契約できないことを伝えられたものの、その後も下部チームの練習に参加することは許可された。言葉も通じない10代のアフリカ系選手が車で送り迎えをしてくれ「何歳か分からず、年齢的に運転できるのかな」と不安に思うこともあった。練習すれば、若い選手のスピードに度肝を抜かれ「全然通用しなくて、現実を思い知らされた」という。練習中も言葉が分からず、四苦八苦。ミスするたびに練習が止まり「周りがイヤな顔をする。『なんだコイツ、分からないのか』みたいな」。日本を発つ時にあふれていた自信は失われ始めていた。
■練習参加したプリマスで突きつけられた現実「主張するってすごく大切」
ヨーロッパではシェンゲン協定を結んでいる国が多く、シェンゲン圏内は自由に往来できる。その一方で、日本人のシェンゲン圏での滞在は、180日の期間内で最大90日間しか滞在できないとも定められている。できるだけチャンスを待つ期間を長くするため、太田氏は一度、フランスを離れて、シェンゲン圏外のイギリスへと渡った。当時、イングランド2部だったプリマス・アーガイルに練習参加できることになったからだった。当時のイングランドは労働許可証を得るために、過去2年間のフル代表公式戦出場率が75%を超えていなければならず、契約は不可能だったが、練習参加を許可してくれた。
ル・マンを離れ、パリからプリマスの空港へと到着した太田氏だったが、そこでいきなり出鼻を挫かれることになった。「入国審査用の用紙になにか書かなきゃいけないのに、全然書けなくて……。大丈夫だろう、みたいな安易な考えでいったら、全然入れてくれませんでした」。巨大な荷物を持ち、英語も話せない、ともすれば“怪しい人物”。入国管理局の別室に連れて行かれて、2時間、3時間と尋問された。
「ドイツやフランスはスムーズに入れたんですけど、イギリスは本当に厳しかったです。『お前、何しに来たの』って言われて、カタコトで『サッカーの練習しに来た』と返しても『は?』みたいな。もう入れないんじゃないか、もうダメだって正直思いました」。代理人事務所の英語が話せる人間に電話で説明してもらい、数時間かけてなんとか入国できたものの、言語の重要性を痛感させられた瞬間だった。
プリマスはイギリス特有の多湿な気候で、グラウンドがぬかるんでいたため、急遽、現地のスポーツショップで持っていなかったポイント式のスパイクも買った。民泊施設のようなところに宿泊。練習参加だけだったにも関わらず、監督やコーチからは何度も怒鳴られた。鬼の形相で繰り返し捲し立てられて、気付けたことがある。
「向こうの人たちって自分の主張が本当にすごい。僕はそれまで『ここに欲しい』とか『こうしてほしい』とか言わずに黙々とやるようなプレーヤーだったんですけど、主張することってすごい大切なんだなって。外国の選手って、当たり前のようにめちゃくちゃ主張してくる。何を言っているか分からず、もっと閉じこもっちゃって……。そうすると、最初のほうは声をかけてくれても、徐々に離れて行っちゃって……。パスもくれないってよく言いますけど、何をやりたいか分からないのに、走っていてもパスなんて絶対に来ない。向こうは(パスが)いらないんじゃないかなと逆に思っていたんじゃないかなってすごく思います」
言葉も通じず、塞ぎ込むようになり、徐々に孤独を感じるようになっていた。遠く離れた日本で、磐田の選手たちの活躍を見て羨ましくも思った。「日本を離れて2か月くらい経って『自分ここで何やってんだ』みたいなことを感じるようになっていましたね。気持ちがすごく揺れ動いて、ヤバかったのを覚えています」。危機感が胸を埋め尽くすようになり始めた頃、ようやく2度目の入団テスト受験が決まった。(次回へ続く)
[プロフィール]
太田吉彰(おおた・よしあき)/1983年6月11日生まれ、静岡県出身。ジュビロ磐田ユース―磐田―仙台―磐田。J1通算310試合36得点、J2通算39試合4得点。トップ下やFW、サイドハーフなど攻撃的なポジションをマルチにこなす鉄人として活躍した。2007年にはイビチャ・オシム監督が指揮する日本代表にも選出。2019年限りで現役を引退し、現在はサッカー指導者として子どもたちに自身の経験を伝える活動をしている。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)
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