広島残留、浦和へ移籍…柏木陽介が明かした“恩師”との秘話「俺のところでやったほうが上手くなれるから残れ」【インタビュー】
FOOTBALL ZONE / 2024年12月1日 6時50分
■広島に残留、浦和へ移籍の経緯を明かした
昨季限りで現役を引退した元日本代表MF柏木陽介氏は、現役時代にサンフレッチェ広島でJ2降格を味わいながらも残留、その2年後に浦和レッズへ移籍を果たしたなか、当時の心境や、変わりゆくプレースタイルについて語ってもらった。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小西優介/全4回の2回目)
◇ ◇ ◇
現在36歳の柏木氏は広島ユース出身で、2006年にトップチームへ昇格しプロデビュー。「恩師」と語るミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ札幌)に出会い1年目ながら試合に出場し、主力へと定着した。
同年11月にはAFCユース選手権2006に出場し、3得点4アシストを挙げる活躍を見せ、翌年4月にはイビチャ・オシム監督率いる日本代表強化合宿に呼ばれた。「オシムさんから直接的な指導はなかったけど、ミシャ(ペトロヴィッチ監督の愛称)とやっていたので理解しやすかった。助言は特になく誰からか覚えてないけど、『陽介はエジルを目指せ』って言っていたよと伝えられましたね」と当時を振り返り、名将からのアドバイスを明かした。
07年のFIFAU-20ワールドカップに10番を背負い出場。主力として活躍し、決勝トーナメント進出を果たすと活躍が認められ、同年開催の北京オリンピックアジア予選メンバーに選ばれて予選突破に貢献した。
代表ではチーム含めて順調な活躍を見せていたものの、07年シーズンに広島は16位で終え、その後行なわれた京都サンガF.C.との入れ替え戦に敗れ、J2降格となった。柏木氏はシーズン終了後に複数クラブからのオファーがあったが、最終的に広島に残留した。
「移籍はそんなに考えていなかった。ミシャに『どうする?』と聞かれて、『どうしたらいい?』と逆に聞いた。『お前は俺のところでやったほうが上手くなれるから残れ』と言われましたね」とJ2降格がありながらも残留を決断した経緯と、当時のペトロヴィッチ監督とのやり取りを明かした。
■「新しい環境でチャレンジしたい」
J2での08シーズンを迎えた柏木氏は背番号を10に変更した。この年は序盤の怪我により北京五輪本大会のメンバーには選ばれなかったものの、リーグ戦で31試合4得点を記録し、チームのJ2優勝に貢献した。
翌年J1復帰の年にもチームは好調を維持し、昇格チームとしては当時最高の順位である4位で終え、柏木氏自身もリーグ戦33試合8得点と自己最高の数字を残した。この年のオフに「新しい環境でチャレンジしたい」という思いから浦和へ移籍を果たした。
「シーズン終了後に浦和からオファーが来て、その時も2年前と同じくミシャに相談しましたね。自身としてはミシャの下で4年やったのと、ミシャからも『浦和というビッグクラブからオファーが来るのと、プレーするのは選手としてとても光栄なこと。浦和だったら行ってこい』と言われたのもあって決断しました」と移籍の経緯と理由を語った。
柏木氏は浦和移籍1年目に34試合4ゴール、2年目は31試合5ゴールとコンスタントに結果を残していたなか、浦和在籍3年目の12シーズンにはペトロヴィッチ監督が指揮を執ることとなった。
再会1年目にはシャドーで主にプレーすると、リーグ戦30試合6ゴール11アシストを記録。チームは3位でシーズンを終え、5年ぶりにACL出場権の獲得に大きく貢献した。翌年もキャリアハイとなる34試合8ゴール12アシストを記録し、初のリーグアシスト王に輝いた。
13シーズンからはポジションを1つ下げて主にボランチでの起用となったが、「若い時は前の方が楽しかった」と触れつつ、「年を取って、前の選手は仕掛けたりと色々できるタイプの人が合うと思っていたので、そういう選手が入って来た時には自分は後ろからボールを提供していく方が向いているかなと、若い時からそうなってくるんやろうなと思っていた。歳を重ねて自分としてはボランチが一番やりやすかった」と、特に不満もなく、イメージ通りのコンバートだったと言及している。
現代サッカーは流行りやスタイルが常に変わっていくなか、自身のプレースタイルを変化させたり、チームに合うようにすることが、長年トップで戦える選手に必要なことなのかもしれない。
[プロフィール]
柏木陽介(かしわぎ・ようすけ)/1987年12月15日生まれ、兵庫県出身。サンフレッチェ広島ユース―広島―浦和レッズ―FC岐阜。恩師のペトロヴィッチ監督に見出され、代表まで駆け上がった。現在は古巣の岐阜でクラブアンバサーを務める傍ら、地域貢献を目指し鵜飼観覧船の船頭も務める。J1通算392試合56得点、J2通算31試合4得点、J3通算61試合1得点。日本代表通算11試合に出場。(FOOTBALL ZONE編集部・小西優介 / Yusuke Konishi)
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