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湯船で交わしてきたいくつもの会話 “驚かなかった”キャプテン継承…誰もが認める“資質”【コラム】

FOOTBALL ZONE / 2024年12月24日 8時20分

■「経験もかなり積んでいますし、その意味でもテツがふさわしい」

 サプライズには伏線があった。神戸市西区にあるヴィッセル神戸の練習施設「いぶきの森球技場」のクラブハウス。練習後にたまたま一緒につかった湯船で、神戸のMF山口蛍とDF山川哲史は会話を重ねた。

 練習中に左膝に大怪我を負った山口が、復帰まで最大3か月と発表されたのが8月下旬。懸命なリハビリを積んでいたキャプテンに対して、代わって左腕に腕章を巻いていた山川の方から話しかけた。

「僕がゲームキャプテンを任される試合が多くなったなかで、キャプテンとしての立ち居振る舞いや態度、チームが難しいときはどうすればいいのか、というのを僕が興味本位で、そんなに深くない感じで聞いていました」

 山口が返した言葉を胸に刻んで次の試合に臨む。試合中や練習中に山川が思うところがあれば、また山口に話を聞きにいく。同じように会話が繰り返されて迎えた12月8日。ホームのノエビアスタジアム神戸で湘南ベルマーレに3-0で快勝した最終節で、神戸は史上6チーム目のJ1リーグ連覇を、天皇杯との2冠で達成した。

 試合後に開催されたホーム最終戦セレモニー。目標通りに戦列復帰を果たし、湘南戦でも優勝の瞬間をピッチ上で味わい、キャプテンとしてシャーレを掲げた山口が臨んだスピーチの後半でサプライズは起こった。

「この場で、この瞬間をもちまして、キャプテンの座を降りたいと思います」

 こう切り出して感極まったのか――。20秒あまりの沈黙が続き、その間に大きく息を吸っては吐き、いまにもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえた山口が、後任に指名したのが山川だった。

「来シーズンからはテツ(山川の愛称)に引き継いでもらいたいと思います。(中略)みなさんには時に厳しく、時には温かく見守っていただけたらと思います」

 セレモニー後に取材に応じた山口は、事前に山川本人には何も伝えていなかったと明かした。

「自分が怪我で離脱している間にチームを外から見ていて、テツは本当によくやっていたと思うし、キャプテンを任せられるんじゃないかと……。任せられるという言い方はちょっとおかしいですけど、テツにもキャプテンの資格があるとずっと思っていたので、それが理由ですね。別に譲るといった意味でもなく、テツも育成出身だし、もともとはそういった選手がキャプテンをやるべきだと思っていたので。経験もかなり積んでいますし、その意味でもテツがふさわしいと思いますし、まったく問題なくできるんじゃないかと思っています」

■永井SDと山口の間で交わされていた会話「シーズン中からずっと話をしていました」

 スタンドを大きくどよめかせた突然の新キャプテン指名にも、山川は表情をほとんど変えなかった。

「僕もあの場で初めて聞きましたけど、そんなにめちゃくちゃ驚いた、というのはなかったです。蛍さんが自分を信頼して言ってくださって、蛍さんの気持ちは真摯に受け止めました。シーズンが終わったばかりですけど、身が引き締まる思いになったというか、来シーズンに向けてしっかりやっていかないといけない、と」

 夏場から幾度となくかわしてきた会話のなかで、山口の言葉がキャプテンのバトンタッチへ向けた伏線だと、山川の中で予感のようなものがあった。そして山口もまた、今シーズンのリーグ戦で累積警告による出場停止1試合を除く37試合ですべて先発し、そのうち32試合でフル出場、フィールドプレーヤーでは最長となる3267分をプレーした山川は10月に27歳となり、大役を託す時期が来たと判断したのだろう。

 永井秀樹スポーツダイレクターは「シーズン中からずっと(山口と)そんな話をしていました」と明かす。山川本人を含めた他の選手たちには伏せていたものの、フロントにはしっかりと意志を伝えていた。オフに入った関係で神戸側から発表はないが、来シーズンの始動とともに正式に新キャプテンが誕生するだろう。

 兵庫県尼崎市で生まれ育った山川は、中学生の頃から神戸の下部組織に所属。ヴィッセル神戸U-18の最終学年だった2015シーズンにトップチーム昇格のオファーを受けながら、プロで生きていく自信がまだないと断りを入れている。進学した筑波大での4年間で自信を大きく膨らませ、再びオファーを出してくれた神戸へ、満を持して加入し、今シーズンで5年を終えた。

 当初は右サイドバックでの起用が多かったが、昨シーズンは本職のセンターバックとしてJ1初優勝に貢献。今シーズンからは神戸の最終ラインを長く支えたレジェンド、北本久仁衛(現コーチ)や元ベルギー代表DFトーマス・フェルマーレンが背負った「4番」を託される存在となった。

 一度、トップチーム昇格を断ったのは、中途半端な実力でプロになっても、愛してやまない神戸のためにならないと考えたからなのだろう。自分のなかで脈打つ神戸への思いを、山川はこう語ったことがある。

■神戸の新キャプテンになる山川「僕には僕なりのキャプテンの姿があるのかなと思う」

「個人的にはこのチームのなかで、ヴィッセル神戸へ最も強い思いを持つ選手だと思っています」

 山口が「テツも育成出身だし」と最終節後の取材エリアで語ったのは、山川のこうした熱い思いをすべて感じ取っていたからにほかならない。セレモニー後にスタジアムの場内をまわったときに、山口から「頼んだぞ」と短い言葉をかけられた山川は意を決するように「頑張ります」と返した。

「アカデミーの出身でヴィッセル神戸への思いも強いですし、僕が長く引っ張っていけるのであれば引っ張っていきたい、という気持ちはあります。ただ、常に競争があるし、戦力にならなければ切られる世界なので、そこは自分がこれまで築き上げてきたものとかは関係なしに、さらに成長してチームの力になっていきたい」

 今シーズンは山川とともに、副キャプテンとして山口を支えてきたDF酒井高徳は、ゲームキャプテンを務める試合が多かった山川へ「あえて厳しく言うと、まだまだ、という感じですね」と笑顔で愛の鞭をふるう。

「もちろん期待を込めてのものだけど、テツには『ピッチ上でプレーを介して語るのがキャプテンだ』と、今シーズンは何度かアドバイスしてきました。こんな曲者だらけの先輩選手がいるチームをまとめるのは簡単じゃなかったはずだけど、そういった立ち位置での試合はなかなか経験できるものではないし、ましてや優勝しているので経験に加えて自覚もつく。蛍なりに考えての結論だろうけど、タイミング的にはよかったんじゃないかと思うし、もし僕が同じ立場だったとしても、蛍と同じことを言っていたと思います」

 酒井のアドバイスと、会話のなかで山口から返ってきた言葉はおそらく一致している。キャプテンを務めるのが神戸U-15の最終年以来という山川は、目指すキャプテン像についてこう語っている。

「蛍さんのキャプテン像を見てきましたけど、僕には僕なりのキャプテンの姿があるのかなと思う。まだそれができあがっているわけではないけど、優勝が近づいてきた終盤戦では、自分のプレーが少し挑戦的じゃなくなったと、自分でも感じながらプレーしていた部分もあった。そういったところをまず排除していきたい」

 12月23日には山口がJ2のV・ファーレン長崎へ完全移籍すると発表された。思い起こせば、ホーム最終戦セレモニーが始まる直前で、山口はただ1人、笑顔を浮かべる選手たちの輪から離れて目頭を押さえていた。セレモニー後に涙の意味を問われた山口は「まあ、ちょっと分からないですけど……」と言葉を濁している。

 もしかすると山口はこの時点で、6シーズン所属した神戸を離れる決断をくだしていたかもしれない。2007年から09年シーズンの鹿島アントラーズしか達成していないリーグ3連覇の偉業と、クラブ史上初のACL制覇へ挑む来シーズンへ。山口の置き土産にもなったキャプテンマークは、神戸の魂と化して山川に新たな力を加えていく。(藤江直人 / Fujie Naoto)

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