クラブ消滅で幻に終わった“PR策” 「忘れもしません」…日本サッカー界へ願う“持続可能性” 【インタビュー】
FOOTBALL ZONE / 2024年12月30日 7時30分
■Jリーグ悲劇の歴史“フリューゲルス消滅”
今年で31年を迎えたJリーグには、決して忘れてはならない悲劇がある。1993年の開幕時に“オリジナル10”として名を連ねていた「横浜フリューゲルス」の消滅。このクラブの立ち上げに関わり、吸収合併までを見届けた元スタッフに話を聞く機会を得た。四半世紀前に起きた日本サッカー界の大事件で何を感じ、その経験はどのようにつながっているのか。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全2回の1回目)
◇ ◇ ◇
「“ロス”に2年はなりましたよ。この間は仕事に身が入らず、生活していてもなんかつまらないなと。サッカーも観に行かなくなりました」
そして、こう続けた。「自分の一番好きなチームがなくなったんですから」。発言の主は大松暢氏。1999年元日での天皇杯優勝を最後に消滅した、横浜フリューゲルスの立ち上げに関わった人物である。
Jリーグ31年で唯一の事例であり、黒歴史と言えるクラブ消滅。きっかけは、98年に入り共同出資していたゼネコンの佐藤工業が経営不振を理由にクラブ運営からの撤退を表明したことだ。これに伴い全日本空輸が単独でクラブ運営を維持できないと判断したことで、横浜マリノス(当時)に合併を提案した。マリノスの親会社、日産自動車はこれを承認。同年12月2日に両クラブの合併が調印され、フューゲルスの消滅が決まった。
クラブ運営会社「全日空スポーツ」に在籍していた大松氏はマリノスとの合併を98年10月29日の朝刊で知った。「忘れもしません」。当時を振り返ると語気が強まる。“前日”の社内連絡どおり、出社直後に従業員が一室に集められると社長から説明があった。
「話は『親会社が決めたこと』の一点張りだったように記憶しています。これは決定事項で、変えられないんだと」
Jリーグ開幕から5年、クラブとはこんなにも簡単に消滅するのか……。1990年代後半といえば、平成不況の煽りを受け大型実業団の廃部が相次ぐなど、団体スポーツには受難の時代だった。それでも、「プロクラブでしょ」。
また、「合併を認めた会社の人間なので本当はダメなのですが」と述べたうえで、当時のこんな裏話を教えてくれた。
「報道後にフリューゲルス再建協議会が立ち上がり、そこの話し合いに毎回参加していたんです。夜な夜なサポーターや地元のサッカー指導者たちとクラブ存続の道はないか協議していましたね」
大松氏をここまで突き動かしたものは何だったのか。
フリューゲルスの立ち上げに関わり消滅までを見届けた大松暢氏【写真:本人提供】
■運命的な全日空スポーツ出向
大学サッカーの名門である筑波大学蹴球部出身だった大松氏は、卒業後に社員選手として日本サッカーリーグ(JSL)の東芝で1985年から90年にわたって活躍。現役最終年には1部でのプレーも経験した。
引退後は2年間、工場で生産管理を担当していたなか、ある日の新聞で全日空と佐藤工業がJリーグクラブの立ち上げを行う予定であると知る。「夢があるけど本当に上手くいくのか?」。日本サッカー界の新時代に懐疑的な印象を抱いたが、ここから運命に導かれる。
佐藤工業本社の人事部に所属していた父親から、全日空スポーツでの仕事に興味がありそうな知り合いはいないかと大松氏に相談があった。扱いは佐藤工業からの出向となるため身分は保証されるものの、周囲も同じくJリーグに懐疑的で希望者が見つからず。「それなら自分で行ってみよう」と東芝から転職し、92年7月1日付で佐藤工業に入社。即日、全日空スポーツへ移った。当時30歳。家庭を築いていたが、妻からの反対は「押し切りました」。
入社当時は、7人程度と小さな所帯だった全日空スポーツ。「『サッカーって何?』みたいな人も社員にはいましたね」と当時の雰囲気を語る。チーム運営のあらゆることが手探り状態のなか、大松氏は選手の査定方法立案をはじめ、外国籍選手のサポートなどフロント的役割に奔走した。
Jリーグ開幕から2年間はチーム統括マネージャーを務め、その後はホームタウン営業に携わることになった。
「マネージャーの仕事をしていると常にチームに帯同しなければいけないので、1年の半分近くは自宅にいないわけです。なので2年目を終えた頃、『もう勘弁してよ』と会社に申し入れをしました。当時3人目の子供が生まれたばかりでしたし、地域に根差すというJリーグの理念に基づいた活動をしたい気持ちがありましたから」
全日空スポーツ入社直後は外国籍選手のサポートにも尽力した【写真:本人提供】
■幻に終わった「ゆりかごから墓場まで作戦」
クラブの営業職としても、追いかけたのは同じ町のライバルの背中だった。
「横浜に関してはマリノスがメジャーな立場でした。同じホームタウンを持つクラブをライバル視しつつ、営業課長としてどれだけファンを増やせるか意欲が沸いたんです」
そこで、商店街などに足を運びいろいろな人から知恵を拝借。町内会の子供向けサッカースクールといった、当時マリノスがしていなかったさまざまなPR策を打ち出した。また、ポスター配布ではこんな“ウルトラC”の技も使っている。
「学校に貼れないかと横浜市の職員に相談したことがあります。『横浜熱闘倶楽部』(市内プロスポーツチームの応援連合体)とロゴを入れたら可能だと聞いたので、市役所にある小中高510校のポストに投函しました。こうすると、郵送費なしで学校の用務員さんに持って行ってもらえるわけです。しかし、子供を通じてマリノス役員にバレてしまいました」
チームが消滅したことで幻に終わったが、こんなアイデアも温めていた。
「役所の出生届提出窓口でフリューゲルスのマスコットキャラクター『とび丸』のぬいぐるみを渡そうと考えていました。その名も『ゆりかごから墓場まで作戦』です」
天皇杯決勝が終わると、大松氏も身の振り方を決めなければならなかった。「マリノスに行かないか?」。フロントとしてフリューゲルスの選手の移籍先を調整していた木村文治氏(後に京都パープルサンガのチーム統括部長に就任)から誘いを受けたと振り返る。それでも気持ちは揺るがなかった。
「マリノスを出し抜こうといろいろな策を練っていたわけですから、ライバルに行こうとはなれなかったですね」
■NPOの活動を通じ「持続可能な組織や活動の在り方を考えていきたい」
大松氏は現在、富山銀行の参与・ビジネスソリューション担当部長を務める傍ら、NPO法人「富山スポーツコミュニケーションズ(TSC)」会長として県内の生涯スポーツ普及やスポーツ文化振興の活動を行っている。
フリューゲルス消滅の悲劇は、どのような形で今につながっているのか。
「持続可能な組織や活動の在り方を考えていきたいと思っています。クラブ消滅という経験をきっかけに、その大切さをいろいろと考えるようになったので。例えば、子供たちのスクール事業でも一度やると決めたからにはずっと見守っていける仕組みを構築しなければなりません。町のクラブで子供が集まらないために閉鎖に追い込まれた例を度々耳にします。富山でも例外ではありません。そういう話を聞くと、やはり残念な気持ちになります」
そのために、今後特に力を入れて取り組みたい分野があるという。
「日本では競技団体同士が縦割りの構造になっているので、その壁を取っ払っていきたいと考えています。例えば、サッカーと野球の両方が得意でも同時に打ち込みづらい環境になっていますよね。一部海外ではマルチスポーツが一般的ですが、日本でもそれができる仕組みがあってもいいのではないかと。一朝一夕には難しいですが、解決のための活動を続けていくつもりです」
フリューゲルス以降、Jリーグではクラブ消滅の事例はない。その点でレガシーが残されたと言えるが、美談だけで語れないのも事実。大松氏のように悲劇を経験した人の思いが、今後の日本サッカー界に受け継がれていくことを願うばかりだ。
[プロフィール]
大松暢(おおまつ・とおる)/1962年生まれ、東京都出身。現役時代は筑波大学蹴球部の出身で、85年から90年までJSLの東芝でFWとしてプレーした。引退後に佐藤工業株式会社へ入社、出向先の全日空スポーツで横浜フリューゲスの立ち上げに関わり、チーム統括マネージャー、ホームタウン営業課長などを歴任。2003年から有限会社シュートで木村和司氏のマネージャーやさまざまなサッカー事業に携わり、2011年に佐藤鉄工へ転職し東京営業所鉄構営業部長を務めた。現在は富山銀行にて参与・ビジネスソリューション担当部長を務める傍ら、NPO法人「富山スポーツコミュニケーションズ(TSC)」会長として県内の生涯スポーツ普及などに取り組んでいる。(FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治 / Ryoji Yamauchi)
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