自分らしさを感じた一撃「積み重ねがそうなる」 20年間で1度だけ…ザックジャパン伝説ゴールの真相【インタビュー】
FOOTBALL ZONE / 2025年1月1日 8時30分
■元日本代表MF細貝萌の半生、11年アジアカップ韓国戦で決めたゴールを語る
2024シーズン限りで現役を引退したザスパ群馬のMF細貝萌は、キャリアの中で日本代表30試合に出場した。最も知られているのは、2011年アジアカップの韓国代表戦で決めたゴールだろう。その背景にあったものには、一般的によく言われているものとは少し違う事実があり、一方でプロ生活の中で信念として持っていたものもあった。(取材・文=轡田哲朗/全6回の4回目)
◇ ◇ ◇
細貝がアルベルト・ザッケローニ監督から日本代表チームに継続的な招集を受けるようになり、浦和レッズでも2010年シーズンを戦い終えるとドイツのレーバークーゼンへの移籍と、期限付きで2部のアウクスブルクへ移籍することが発表された。それと同時に、2011年の1月にカタールで開催されたアジアカップへの選出も決まった。そのスケジュールは「1月1日にドイツに渡って契約して、2日にカタール入りした」というバタバタとしたものだった。
日本代表は初戦のヨルダン戦を試合終了間際に吉田麻也の同点ゴールで何とか引き分けに持ち込み、第2戦のシリア戦ではGK川島永嗣が退場処分になる大ピンチを迎えながらも勝利するギリギリの立ち上がりだった。それでも徐々に調子を上げながら勝ち上がった。準決勝の対戦相手は宿敵・韓国。両チームが1点ずつを奪い延長戦へ突入した激闘で、細貝は後半42分からピッチに立っていた。
延長前半7分、日本がPKを獲得するとキッカーは本田圭佑。しかし、そのキックは相手GKチョン・ソンリョンにストップされた。その瞬間、背番号13の細貝が誰よりも早くこぼれ球に詰めて押し込んだ。その後に同点とされた日本は最終的にPK戦で勝ち抜くが、この細貝の一撃は多くの人の記憶に残ることになった。
「僕が予想している以上に、色々な方が知ってくれていて。あの大会は日本でやっていたわけでもなく中東でやっていて、大会が終わってそのままドイツに行ったので、どれだけアジアカップが注目されたか分からなかった。でも、あのPKのこぼれ球を決めた瞬間が日本ですごく盛り上がっていたと後から聞いた。
それだけ日本代表で点を取ること、親善試合も大事だけど、アジアカップという舞台で優勝する過程でライバルと呼ばれる韓国戦で点を取ったインパクトが色々な場所に残っている。今、群馬に来ても色々な方が触れてくれるので、あのゴールにインパクトがあったんだと思うことが多いですね」
普段から繰り返し行っていた積み重ねが結果になった瞬間だった【写真:(C) THESPA】
■PK詰めたプレーの真相「僕の記憶での一番は反町さんの映像だった」
この時、本田がPKを蹴るのに合わせて後方から助走をつけて走り込み、こぼれ球になった時にはいち早くボールに触れるようにしたプレーも注目を集めた。一部では、浦和在籍時にフォルカー・フィンケ監督から指導を受けたとも言われたプレーだが、真相は少し異なるという。
「北京五輪代表の活動の時に、反町(康治、監督)さんがミーティングの映像でPKの場面を出したことがあった。誰かがPKを蹴ったこぼれ球を、確か(本田)圭佑だったと思うけど、彼がああいう形で詰めにいった場面の映像があって、それを覚えていて浦和でもずっとやっていた。
だからフィンケ監督に言われたわけではないんですけど、多分、福田正博さん(元日本代表、浦和在籍時にコーチを務めた)が何かのコメンテーターをしていた時に『フィンケが細貝に言っていた』と言っていたようなので、それが浸透したと思うけど、僕の記憶での一番は反町さんの映像だった」
反町監督の率いた北京五輪は2008年で、フィンケ監督が浦和を率いたのは2009年からのため、時系列を見ればその通りなのだろう。そして「(本田)圭佑をマネしてちゃんとやっていたら、その彼がPKを外して僕が詰めたというね」と笑ったが、20年間というプロキャリアの中でこの1プレーが脚光を浴びたことについて感慨深いものがあるという。
「本来ならこの20年間、浦和でもPKの時に全部やっていたけど、1回もこぼれ球が来なくて誰からも注目されず、何事もなかったかのように終わっていても不思議がなかったもの。でも、それをやっていたからこそ大事な場面で決められた。これに関しては本当に準備していて良かった、積み重ねがそうなるんだなと改めて思った。引退して20年間を振り返ると、あのゴールが一番自分らしかったのかな。それまでの過程や浦和の時からの積み重ねも含め、自分らしいゴールだったなと思う」
アジアカップ最多4回の優勝を誇る日本代表だが、この2011年大会を最後に優勝していない。その勝ち上がりから含め劇的なことの多かった大会だが、今ではPKの際にこのような形で詰めていくスタイルも一般的なものになり、Jリーガーの中にも「子どもの時に見て、それからずっとマネしている」と話す選手がいる。それくらい、日本サッカーに与えたインパクトは大きく、細貝のサッカー人生を振り返るうえでも欠かすことのできないハイライトになるプレーだった。
キャリアも終盤に近づいてタイへの移籍も経験した細貝だが、引退どころか命の恐怖すら感じるような病魔との戦いも経験することになる。(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)
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