退任する恩師へ捧げた37歳の「予告ゴール」 自分が決める…ひと筋で積み上げた現役最多「143」【コラム】
FOOTBALL ZONE / 2025年1月2日 9時20分
■川崎の小林悠、鬼木監督との最終戦で予告「自分はゴールを決めるので」
改めて読み返してみると、自身のゴールを予告する言葉を残していた。12月8日に行われたアビスパ福岡とのJ1リーグ最終節を前にして、川崎フロンターレのFW小林悠はこう語っている。(取材・文=藤江直人)
「オニさんと一緒に戦える最後の試合、というのを意識したい。そのうえでゴール決めれば最高ですし、そういう想像をしながら準備したい。(大事な試合で)自分はゴールを決めるので、いい流れはもっていきたい」
果たして、福岡戦の前半27分に小林はゴールを決めている。ペナルティーエリア外からボランチの山本悠樹が放ったミドルシュートを、相手キーパーの村上昌謙がキャッチし損ねる。こぼれたボールに対して敵味方の誰よりも早く反応した小林が村上をかわしながら、右足によるワンタッチでゴールの右隅へ流し込んだ。
福岡戦で昨シーズン3度目の先発を射止めていた小林は、負傷欠場が続いていたMF脇坂泰人に代わって、左腕に黄色いキャプテンマークを巻いていた。そして、リードを2点差に広げるゴールを決めるやいなや、笑顔を満開にしながら自軍のベンチ前へダッシュ。待ち構えていた鬼木達監督と歓喜の抱擁をかわしている。
8シーズンにわたって川崎の指揮を執ってきた鬼木監督は福岡戦をもって退任。最終節からほどなくして、来シーズンから自身の古巣でもある鹿島アントラーズの新監督就任が正式発表されている。畏敬の念を込めて、指揮官を「オニさん」と呼んできた小林が、並々ならぬ覚悟を秘めて福岡戦に臨んでいた跡が伝わってくる。
そして、昨シーズン4ゴール目を決めた小林は、J1リーグ通算ゴール数を「143」に伸ばして、川崎ひと筋でプレーしてきた15年目のシーズンを終えた。開幕前の時点でFW三浦知良(現・アトレチコ鈴鹿)とともに、歴代で7位につけていたJ1リーグ通算得点ランキングで単独7位となっている。
シュートに至るまでの駆け引きや動き出しを含めた引き出しの多さや、シュートを放つ際の多彩なテクニック。そして、相手選手よりも早く得点チャンスを嗅ぎ分ける嗅覚。それらに加えて“気持ち”をあげれば陳腐に聞こえるかもしれないが、メンタル的な要素も極めて重要だと教えてくれるのが小林のゴールとなる。
その証が「自分はゴールを決めるので」となる。小林がこの言葉を残したのは山東泰山(中国)に勝利した、12月4日のAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)の第6節後。福岡戦の4日前だった。
昨シーズンのリーグ戦で小林が決めたゴールは、すべて特別な意味をもっていた。初ゴールは4月28日のサンフレッチェ広島戦。後半20分に決めた同点弾は、4月に入ってから2分2敗と未勝利にあえぎ、しかもすべてで無得点と極度の不振に陥っていた川崎が、同月の最終戦でようやく決めた待望の一撃だった。
3月までの5試合で2勝3敗と負け越していた川崎は、広島戦を前にして16位にまで順位を下げていた。最下位との勝ち点差も縮まった危機で、4度のJ1リーグ優勝を含めて、鬼木体制下で獲得した7つの国内タイトルのすべてを支えてきた一人として、小林は何がなんでも、という決意とともに後半開始からピッチに立っていた。
2ゴール目を決めたのは10月18日のガンバ大阪戦。鬼木監督の退任が川崎から発表されたあとで初めて臨んだ公式戦で、1点をビハインドの後半23分から途中出場した小林は13分後の同36分に同点弾を頭で叩き込んでいる。そのまま1-1で引き分けた試合後には、悔しさを露にしながらこう語っていた。
「勝ちたかったし、勝ち切れた試合だった。最後、僕たちが攻めている時間帯でもう1点取りたかった」
3ゴール目は11月22日。夏場の8月に開催された浦和レッズ戦が雷雨の影響で前半終了後に中止となり、約3か月におよんだハーフタイムを経て、後半だけが行われた注目の一戦の10分にこれも頭で決めた。
原則として中止・延期時と同じメンバーが出場するなかで、川崎は8月に出場していた脇坂が長期離脱を余儀なくされていた。脇坂の代役争いが繰り広げられた末に、練習から好調をアピールし、練習試合でもゴールを決めていた小林が後半のピッチに立ち、自らの存在意義を証明するゴールを決めた。試合後にはこう語っている。
「毎試合、必死ですよ。長く試合に出たい、という気持ちは変わらずもっているし、それがなくなったらもうやめたほうがいいと思っている。だからこそ、もっと長くプレーして、もっともっと決められるように頑張りたい」
川崎の危機。鬼木監督の退任発表。後半だけが行われる特別な状況。そして、鬼木監督のラストマッチ。出場するすべての試合で、川崎のためにゴールを狙う姿勢はこれまでも、そしてこれからも変わらない。それでも、いつにも増して小林がモチベーションをかき立てられる、特別な状況が4試合には共通していた。
必ず自分が決める――いつもかけている自己暗示を、さらに強めていたとも表現できるだろうか。特に鬼木監督は小林が川崎入りした同じ2010シーズンに、川崎の育成・普及コーチからトップチームコーチに就任。監督に就任した2017シーズンには、自らが率いる新体制下のキャプテンに小林を指名している。
その2017シーズンに川崎はJ1リーグ戦を制し、悲願の初タイトルを獲得した。奇跡の大逆転劇を成就させ、キックオフ前で首位だった鹿島を上回った最終節では大宮アルディージャに5-0で大勝。そのうち3ゴールをプロ人生で唯一のハットトリック達成でマークし、初の得点王を獲得したのも小林だった。
恩師と慕う鬼木監督を勝利で送り出したいと強く念じたからこそ、福岡との最終節を前にして「自分はゴールを決めるので」と実質的なゴール予告を行い、鮮やかに現実のものにした。浦和との45分マッチ後は、ACLEの2試合を含めて公式戦で3連勝中だっただけに、山東泰山戦後にはこんな言葉もつけ加えている。
「みんな自信満々にボールをもっていたし、本当に最近は負ける気がしないというか、ここに来てしっかりと勝っている。いいときのフロンターレが戻ってきた、という感覚はありますね」
言葉通りに福岡戦も3-1で制した川崎は、苦しみ抜いたシーズンをJ1リーグ8位で終え、秋春制で行われるACLEではノックアウトステージ進出に王手をかけて今年の戦いを迎える。もっとも大切な要素を思い出したからか。小林自身も「やはりサッカーはメンタルのスポーツだと感じた」とシーズンを総括している。
12月14日の中村憲剛の引退試合で負傷退場した小林に関して、川崎は「左肩鎖関節脱臼」で16日に手術を行ったと発表した。全治期間などは未発表だが、長谷部茂利新監督を迎える今季でも、心技体の特に「心」を強く前面に押し出して戦う37歳のベテランは欠かせない。FW興梠慎三(浦和レッズ)の引退に伴い、現役選手では1位の通算143ゴールをさらに伸ばしていく軌跡を、ファン・サポーターの誰もが待ち望んでいる。(藤江直人 / Fujie Naoto)
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