テレビ中継で全国へ漏れた「心の声」 一発退場も「よっしゃ」…GKが放った無意識の一言
FOOTBALL ZONE / 2025年1月3日 19時30分
■帝京大可児の3年GK緒方琉太がピッチに立った瞬間
「よっしゃ!!」
チームの絶対的なピンチに、ベンチスタートとなっていた3年生GKから出てきたのは憧れ続けた舞台に立てる喜びの声だった。1月2日に行われた第103回高校サッカー選手権3回戦の前橋育英高(群馬)戦の前半33分、帝京大可児(岐阜)は2年生GK水野稜がペナルティエリア外で相手選手を倒し、決定機阻止で一発退場となってしまう。帝京大可児のベンチを温めていたGK緒方琉太は、この時、自身が思わず発した声がゴール裏にいたレポーターに拾われ、テレビ中継で紹介されていたことは当然知らない。
スタートから劇的な試合だった。前橋育英はFWオノノジュ慶吏が前半6分と8分に立て続けに2ゴールを挙げる。一方的な試合になるかと思われたが、ここから帝京可児が盛り返し、同16分にMF明石望来、同27分にFW加藤隆也がゴールを決めて2-2の同点になった。次の一点が極めて大きなものになることが明白な状況で、最終ラインの裏に出されたパスを受けた相手に対応した水野は、ファウルでピンチを防ぎ、その代償としてレッドカードを提示された。
ピッチの外に出た水野は数的不利になった責任を感じ、号泣しながらロッカールームへと向かった。一方、チームのアクシデントでピッチに立つことになった緒方は、「よっしゃ!」については無意識であり、放送されたことを知ると「マジか……心の声が出ちゃいましたね」と苦笑した。だが、ピッチに入る時に自身が笑っていたことについては、自覚があった。
「春先からあまり自分の出場機会がなかったなかで、今日、こうして出場時間が得られて『楽しむ』ことだけを考えていました。緊張とかはまったくなく、とにかく楽しかったです」
緒方自身、最後に公式戦に出場した正確な日については「覚えていない。多分、10月くらい」だったという。2年生の正GK水野とは関係が悪いわけではない。練習でともにハードなトレーニングをこなすことはもちろん、試合前の集合写真撮影が終わると、水野に水を手渡し、抱き合って「思い切ってやってこい」と、一声かけるのが2人の間のルーティンになっていた。それでも選手権の舞台に立てる興奮を、緒方は抑えきれなかったのだ。
昨年の選手権、2年生だった緒方は背番号25を与えられたが、ベンチ入りはできなかった。「悔しい思いをして、その悔しさを忘れずにずっと積み重ねてきた」緒方だったが、正GKのポジションはつかめずに、再びバックアップという立場になってしまう。
■バックアップで臨んだ選手権、全国舞台で「全部出し切った」
それでも、練習では手を抜かずに、試合の準備も黙々とやってきた自負はあった。この試合でも、それは変わらず。「試合が始まる前からしっかり準備はしていましたし、何が起きるかわからないのがサッカーだなと改めて感じた」という緒方は、ファーストプレーで相手の決定機を阻止すると、その後も勝ち越しゴールを狙う前橋育英の前に立ちはだかった。
ハーフタイムにロッカールームへ戻ると、「大号泣していた」水野に「俺がやってやる」と伝え、再びピッチ上で何度もチームをビッグセーブで救った。PK戦突入が頭によぎる後半31分に、途中出場のFW中村太一に決勝ゴールを許してしまったが、緒方の鉄壁の守りがなければ、試合はもっと早い時間で決着を見ていただろう。
自身が唯一許したゴールについて「あれはもう相手がうまかった」と脱帽する緒方は、「帝京大可児に入る前から、ずっと選手権でプレーすること、勝つことを目標にしていました。勝つことはできなかったですけど、アクシデントがあったなかで出場することができたことは、本当に誇りです。負けてしまいましたが、全部出し切ったうえですし、やり切りました」と、ミックスゾーンでも爽やかな笑顔を見せた。
「本当にサッカーが大好きなんで、3年間ずっと大好きなサッカーを楽しむっていうのを自分のスローガンじゃないですけど、掲げて3年間やってきました」という緒方は、あと1年、高校サッカーを戦える立場にある後輩のGK水野に、「この悔しい思いを忘れずに、帝京大可児がずっと超えられないベスト16を越えて、目標にしている日本一に導いてくれると思います」と、大きな期待を寄せる。
緒方の高校での最後の試合となった一戦には、「普段は自営業でなかなか試合に来られない両親と、東京に住む従兄弟も見に来てくれた」と言う。彼らにプレーする姿を見せることができたことを喜ぶ17番は、進学する愛知学院大学でもサッカーを続けるという。思わぬ形で得ることになった選手権でピッチに立った約50分間の時間について「自分のなかでの財産になっていくと思います。選手権という舞台をずっと目標にやってきましたし、アクシデントがありながらも出られたことについては、本当に胸を張って今日は帰ろうかなと思っています」と、力強く語った。
3年間の取り組みの成果を選手権のピッチで示せた緒方は、高校サッカーに別れを告げて、次のキャリアに進んでいく。眩しいばかりの笑顔とともに。(河合 拓 / Taku Kawai)
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