退場&PK判定が誤審「お前、間違っているぞ」 精神崩壊…恐怖で「最寄り駅にも行けない」帰路【インタビュー】
FOOTBALL ZONE / 2025年1月15日 6時50分
■扇谷健司JFA審判委員長が語った現役レフェリー時代のエピソード
日本サッカー協会(JFA)審判委員会の扇谷健司委員長は現役時代「人情肌」のレフェリーとして知られていた。威圧的にカードを出すのではなく、選手とのコミュニケーションを行って試合をスムーズにコントロールしようとする姿勢が目立つ審判だった。
今回はそんな扇谷委員長が現役レフェリー時代に経験したエピソードを語ってもらった。さぞかし心暖まる物語ばかりかと思っていたが、最初に出てきた話の内容は意外だった。(取材・文=森 雅史/全3回の2回目)
◇ ◇ ◇
――現役レフェリー時代の思い出を教えてもらえますか?
「僕たち審判が思い出すことと言えば、いつも誤審のことですよ。いいジャッジなんて覚えてないです。うまくできて当たり前の世界ですから。
僕の場合は2011年8月24日のJ1リーグ第23節、等々力陸上競技場の川崎フロンターレ対名古屋グランパスの試合のことでした。
後半30分の名古屋の攻撃を川崎の田中裕介選手(当時)がブロックしたんです。シュートが飛んだ先のゴールラインの上に田中選手がいて、僕には手に当たったように見えました。ゴールライン上でのハンドですから、決定的得点機会の阻止ということで田中選手は退場、そしてPKですよね。このPKをケネディ選手(当時)が決めて名古屋が同点に追いつき、さらに名古屋は加点してこの試合は川崎が逆転負けしました。
この試合のレフェリーアセッサーが2006年ドイツ・ワールドカップで3試合主審を務めた上川徹さんでした。審判控え室に戻ったところで上川さんから『お前、間違っているぞ。当たってない』と言われました。
そのあとの落ち込みは今でも言葉にできないですね。等々力陸上競技場の最寄り駅の武蔵小杉駅にも行けない。ファンやサポーターの方がいらっしゃいますから。だから川崎駅まで行って帰りました。家に帰っても何も気力が湧かないんです。お風呂も入れないし、眠れないし。試合の映像なんか見たくもないし。あれは僕の中での一番の大きなミスでした」
――扇谷委員長は2017年まで主審をなさっていたので、その後も田中選手と会う機会はありましたね。
「はい、この話には続きがあります。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)を導入したての2020年、目黒でシミュレーターを使ったトレーニングを行ったことがありました。その会場に行く前に喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、田中選手が偶然入ってきたんですよ。
そうしたらありがたいことに彼は僕の顔も名前も覚えていてくれて、『何やっているんですか? お元気ですか?』と近寄ってきてくれたんです。だから彼に『昔こういうことがあったんだよ。ごめんね』と言いました。すると田中選手は『そんなの全然問題ないですよ』と返してくれたんです。そういう機会にまた話ができたのは本当にありがたかったですね。
もちろん誤審をしたあとの別の試合で会った時も『申し訳なかった』という話はしていたんですよ。ですが覚えていてくれたことが本当に嬉しかったですね。ミスジャッジしたから覚えていたのかもしれないですけど。でもそこで親しく話をしてくれて、救われた気がしました」
――退場というのは選手にとって厳しい判定ですからね。
「退場になった選手はよく試合後に謝ってきてくれたりします。今でも覚えているのは2009年9月6日に日産スタジアムで行われたヤマザキナビスコカップ(現ルヴァンカップ)準決勝第2戦、横浜F・マリノス対川崎です。
初戦は0-2で負けていた横浜FMが1点先制したあとの前半42分でした。僕が笛を吹いたあとに川崎のジュニーニョ選手(当時)がそのままシュートしたんです。それに怒った横浜FMの飯倉大樹選手が走って行って体当たりしたんですよ。僕は飯倉選手にレッドカードを出しました。
その試合は川崎が1-1の引き分けに持ち込んで決勝に進みましたし、飯倉選手は6試合の出場停止になりました。その出場停止が明けたあとの試合で、飯倉選手は謝ってきてくれたんです。僕に謝る必要はないんですけどね。それから飯倉選手とはよく話をするようになりました。
試合の映像でよくあるのは選手がレフェリーに文句を言ったり、レフェリーが厳しく選手に言ったりしている場面ばかりじゃないですか。でも見えないところで彼らはとてもレフェリーをリスペクトしてくれるし、ちゃんと話をしているんですよ」
■スローインで足が浮いて何度もやり直し…厳密なルール適用は「少し違う」
――扇谷委員長は優しい人柄で知られていたから、もっとそういう監督や選手との喜び合ったエピソードが出てくるかと思っていました。
「確かに試合のあと、両チームから『いいレフェリングでした』と言ってもらえたことは何度もありました。勝ったチームからも負けたチームからもありましたし、年齢を重ねていくなかでそういう声は大きくなっていったと思います。
でも主審になった最初の頃はどんどんカードを出していましたよ。その当時はそういう時代だったんです。審判インストラクターも『権威を保て。負けてはいけない。カードを出すんだ』という感じでリードしていました。
その後時代が変わって『全体が納得するようなカードをちゃんと出しましょう』ということになりました。昔は笛を吹いたあとにボールに少しでも触ったら遅延行為ということでイエローカードを出すことになっていましたし、異議に対してもすぐ警告を出していましたが、そこは変わってきました」
――ルールをどこまで厳密に適用するかという点が難しいと思います。
「IFAB(国際サッカー競技会)のテクニカルディレクターであるデヴィッド・エラレイ氏は『FK(フリーキック)やスローインのポイントがずれていたらVARは介入できないのか』という質問があった時『そんなことを言ったらスローインなんか全部違う場所からやっているだろう』と言っていました。
サッカーがどんな競技なのかということを考えると、そういう部分はある程度、曖昧でいいのではないかと思います。例えば、小学校低学年の試合の時に、スローインで足が浮いてしまったと何度もやり直しをさせているのを見ると、少し違うのではないかと感じることもあります。
それで点が入ってしまったらまずいと思いますが、そこばかり厳格になってしまうのはどうでしょうか。FKもそうですよ。全部正しい位置でやることなんかないですよね。でもそういうスポーツだし、全部が適当になってはいけないんですけど、許容範囲というのがあるスポーツでもあると思います。
だから僕たちは『フットボール・アンダースタンディング』という言葉を軽々しく使いますが、本当にどうフットボールを理解するかということは非常に大切だなと感じています」
――近年、厳密にルールを適用しようという動きがあるように感じています。VARは確かにレフェリーを救う部分もありますが、アディショナルタイムも厳密に適用されるようになってきました。
「レフェリーは早く試合を終わらせたいんですよ。これは『ピッチにいたくない』ということではないので誤解のないようにしたいのですが、レフェリーにとっては、とにかく何事もなく無事に試合が終わってくれるというのはなによりいいことなんです。特にアディショナルタイムが長くなると劇的なことが起きる可能性が高くなります。だから僕は現役審判の時『早く終わってくれ』とずっと思っていましたね(笑)」(森雅史 / Masafumi Mori)
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