名門マンUが目指す復権 戦力外DFが復活し前線にも好材料…進む戦える集団への変化【現地発コラム】
FOOTBALL ZONE / 2025年1月16日 18時30分
■数的不利もリーグでの借りを返したFA杯アーセナル戦
『ウサギとカメ』の物語は日英共通。このイソップ童話のメッセージが、イングランドのトップリーグにも通じるのであれば、ルベン・アモリム率いるマンチェスター・ユナイテッドも、最終的には「勝者」となり得る。
今季前半戦半ばの監督交代後、新体制下での歩みは遅い。初陣となった第12節イプスウィッチ戦(1-1)から、プレミアリーグでは2勝2分5敗と負け越している。順位は、年明けにリバプールと引分けた(2-2)第20節終了終時点で13位。エリック・テン・ハフ前監督が解任されてから1つだけ、それも得失点差で順位を上げたことになる。
しかし、歩みを進めてはいる。その事実が、1月12日にアーセナルとのビッグクラブ対決となった、FAカップ3回戦で見て取れた。前回対決に当たる、プレミア第14節での敗戦(0-2)から39日。同じ敵地でのアーセナル戦で確認された確実な進化が、退場者を出した後半16分から延長戦を含む約1時間を1-1でしのぎ、PK戦(5-3)に持ち込んでの勝利を可能にした。
数的不利を背負いながら、守備面での奮闘が目を引く勝利ではあった。新監督が基本とする3-4-2-1システムは、10人による5-3-1とならざるを得ず、同じく基本要素であるはずのハイラインも見られはしなかった。
だが以前は、このようなしぶとい勝利自体が無理な相談だった。第18節ウォルバーハンプトン戦、退場者を出した時点でのスコアは0-0だった下位との対決に敗れているように(0-2)。
当時、クロスにうろたえるユナイテッドの守備に、「組織」の二文字は当てはまらなかった。だが今回は、自らも前監督時代の戦力外からレギュラーの座奪回へと近づく、ハリー・マグワイアが守備組織の中心にいた。31歳のCBは、延長戦前半の終了間際に御役御免となるまで、抜群の存在感でチームを鼓舞し続けた。GKアルタイ・バユンドゥルのセーブに救われた後半のPKにしても、VAR採用が5回戦以降に限られていなければ、マグワイアが取られたPKの判定が覆っていたに違いない。
■マグワイアが本領発揮、セットプレーの守備も改善
3バックは、マグワイアに向いている。両脇にもCBがいることから、機動力不足を露呈するリスクが軽減されるためだ。この日、右ストッパーを務めたマタイス・デ・リフトは集中力を欠かさず、延長戦前半には、絶体絶命の危機をスライディングタックルで救っている。空中戦でも、昨夏の移籍以来最高と言える強さを感じさせた。
逆サイドでは、リサンドロ・マルティネスが身体を張った守りを披露し続けた。サイズは小さめだが、スピードとポジショニングに長けたCBにとっても、3バックのストッパー役は適任はと思える。
加えて最終ラインの手前では、守備範囲の広いマヌエル・ウガルテがパトロールしている。移籍1年目の新ボランチは、古巣のスポルティングでアモリムの基本システムも経験済みだ。後半35分、カゼミーロとクリスティアン・エリクセンの両ベテランもいたベンチから、21歳のトビー・コリアーが投入された交代策にも、中盤中央の機動力を重視する新監督の思考が窺えた。
弱点の露呈を警戒するのではなく、本領の発揮に注力できるマグワイアは、アーセナルのCF役を担うカイ・ハフェルツを空中戦で圧倒しながら、地上でもシュートブロックやインターセプトを連発し、ボールを持てば的確にパス。「洋服ダンス」と野次られることもある大柄なCBは、3バックの中央で、「鈍重」ではなく「安定」を体現するようになっている。
結果として、試合後の会見で指揮官自身が最初に触れたように、「セットプレー守備の改善」も明らかだった。コーナーキックの流れから、相手CBガブリエウに同点のボレーを決められてはいる。だが、デ・リフトの身体に当たってもいたシュートにつながった1本を除けば、12本を数えた相手CKへの対処に前回対決のような脆さは見られなかった。「セットプレー・キング」の異名を取るアーセナルとの前回は、敵のDFに2度ネットを揺らされ、CKからあわや3失点目という危機も迎えていた。
■「地道な努力は報われるものだ」 前線で見えた好材料
逆に、放り込まれたボールを自軍ボックス内で拾い、冷静に相手選手をかわしてから、タイミングを計ってカウンターの起点となるパスを出したジョシュア・ザークツィーは、チームの前線で確認されたプラス材料だ。
攻撃面の現状は、ポゼッションを重視するアモリムのチーム像とはほど遠い。この試合では、ディオゴ・ダロトがイエロー2枚で退場となる前から、4割程度のボール支配率に留まっていた。後半早々に奪った先制点にしても、ダイレクトでゴール右上隅に決めたブルーノ・フェルナンデスのフィニッシュは見事だったが、試合の流れに反したカウンター。運も味方していた。チャンスのきっかけは、冨安健洋を含む主力の故障で手薄な左SBでスタメンに抜擢された18歳、マイルズ・ルイス=スケリーのスリップだった。
カウンター向きのチームという現実もあるだろう。本来はポゼッション志向のアモリムだが、監督交代後のユナイテッドが評価に値する戦いを見せた試合は、昨年12月半ばのマンチェスター・シティ戦(2-1)、今年最初のリバプール戦、そして今回のアーセナル戦と、いずれも敵にポゼッションを譲る格好となった強豪対決となる。
もっとも、当の新監督には、現実直視でカウンター主体へと路線を切り替えた前監督と同じ妥協をする様子は見られない。ただし、自らのチーム作りを進めるうえで結果を軽視することは許されないことから、後半36分に投入されたこの試合でも見られた、トランジションから味方を呼び込めるザークツィーの能力は有効だろう。
対照的に、1トップで先発していたラスムス・ホイルンドは、チームがボールを支配できないピッチ上では、マイボールを活かす姿よりもボールを失う姿が目立つ。アーセナルとの81分間ではシュートを打てず、シティ戦とリバプール戦でも、合計2時間42分で1本のみに終わっている。
一方、アーセナル戦でホイルンドと交代したザークツィーは、同時に投入されたドリブラータイプのアマド・ディアロと絡み、2度フィニッシュに持ち込んでいる。うち延長戦後半の1本は、相手GKダビド・ラヤのファインセーブがなければ、PK戦を待たずにチームを4回戦へと導いているところだった。
最終的には、チーム5人目のPKを決め、ネットが揺れたゴールの裏に陣取った8000人のアウェー・サポーターから拍手喝采を浴びている。昨年最後のニューカッスル戦(0-2)で前半途中に交代を命じられ、ファンのブーイングを浴びてから13日後。ザークツィーの面目躍如に、試合後の指揮官は「人生とはそういうものさ」と哲学的だった。
「地道な努力は報われるものだ」と語るアモリムに対しても、「サッカー哲学にこだわりすぎる」という批判の声が外野にはある。新監督対決でもあったウォルバーハンプトン戦で敗れると、敵軍では、昨年12月後半から指揮を執るビトール・ペレイラが、同じシステムを機能させているとの指摘も出た。
だが、ウォルバーハンプトンとは違い、前体制下でも3-4-2-1システムが主流となっていたわけではないユナイテッドでも、新体制下での変化と適応が少しずつ進んでいる。戦力の入れ替えには移籍市場での売却が先決となる経営事情もあり、まだまだ時間を要するが、持ち駒の要不要も見え始めた。
そして、諦めずに戦える集団となって一歩一歩、足を動かしている。アモリム軍らしい攻撃的なチーム、さらには伝統の強豪らしいチームとして、優勝争いの常連に返り咲くというゴールラインに向かって。(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
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