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世紀のジャイキリへ「何言ってんの、こいつ?」から選手激変 40歳日本人監督の想像を超えた手腕【インタビュー】

FOOTBALL ZONE / 2025年1月23日 8時10分

■マインツ女子で指揮を執る山下喬、「評価されてのオファー」で就任決断

 ドイツ・ブンデスリーガのマインツ女子で監督として奮闘している日本人指導者の山下喬。滝川第二高校卒業後にドイツへ渡り、現役引退後は指導者として現地で活動を続けている。現在マインツ女子の監督を務めるなか、就任の経緯とドイツ女子王者を追い詰めた舞台裏を伺った。(取材・文=中野吉之伴/全4回の1回目)

   ◇   ◇   ◇   

 ブンデスリーガクラブのマインツ女子で監督として奮闘している日本人指導者を知っているだろうか。

 40歳、山下喬その人だ。滝川第二高校卒業後、2003年にドイツへ渡ると、5部リーグでリーグ優勝。FSVマインツのセカンドチームに移籍するも負傷の影響もあり、23歳で現役引退。2010年より指導者活動をスタートし、2014年から元日本代表FW岡崎慎司とともにFCバサラ・マインツを設立し、11部から5シーズン連続リーグ優勝というドイツ記録を打ち立てている。

 そんな山下が現在6部所属のバサラ・マインツ監督を辞し、マインツ女子の監督を務めているのだ。どんな経緯でマインツからのオファーが届いたのか。

 時系列順に説明すると、ドイツリーグ連盟からブンデスリーガクラブが女子チームを持つことが決定事項となった。地域にあるクラブと合併の形でスタートするか、あるいはまったくの新しいチームとしてスタートするかは各クラブの意向次第。マインツは地元にあるショット・マインツというクラブと提携関係にあった縁もあり、女子チームの合併という形を取ることになった。

「ショット・マインツと僕とは男子チームでの付き合いがあったので、お互いよく知っていたんです。そこの女子チームの監督が解任された時にお話をもらったんですね。いろんな人に相談したんですけど、みんないいチャンスじゃないかって。他クラブで指導者として戦うのは、指導者としての成長にとってすごく大事だぞって。評価されてのオファーというのは感じたので挑戦することにしました」

 2023-24シーズンからFSVマインツ女子として正式スタート。さっそく3部リーグで優勝を果たし2部昇格へのプレーオフへと進出したものの、ボーフム相手に2戦とも負けて昇格はお預けとなった。

「今、ブンデスリーガのいろんなクラブが女子サッカーに力を入れ始めていますが、その中でもボーフムとウニオン・ベルリンの力の入れようは凄い。ちょっと格が違う、というくらいの差を感じましたね。クラブによってはもう完全にプロとしてやっているところもあれば、僕らのところはまだそこまでは整理されてなくて、みんな他に仕事がある。ただ長い目で見た時にどっちがいいとかはないと思うんですよ。着実に地力をつけながらやっていくか。最初に大きく動いてリーグを上げて、その後でいろいろ整理するか。マインツは男子もそうですが、クラブとして地域やファンを大事にするし、そんなに焦って取り組んだりはしないんです」

■バグのような記録更新中の王者、「勝てるわけないじゃん」からスタート

 そんな山下の言葉どおり、成果は少しずつ出てきている。今季前半戦は1試合少ないなかでも首位。そしてカップ戦では、世紀のジャイアントキリング一歩手前までのことを成し遂げた。

 女子サッカー界の王者ヴォルフスブルクは各国エース級の選手を各ポジションに揃え、ドイツカップで実に10年間負けなしで10連覇中という、もはやバグのような記録を更新し続けている。そんな強豪中の強豪と対戦することで選手もスタッフも、二桁失点しなければ頑張ったほうという認識だった。それこそ試合に勝てるとは誰も思っていなかった。だが山下は違った。

「練習の時も、最初ビデオミーティングをやった時も、『勝つために、これとこれをするぞ』って選手たちに言ったんです。多分みんな『え? 何言ってんの、こいつ?』という感じだったと思いますけど(苦笑)。『UEFA女子チャンピオンズリーグの決勝に行くようなチームに勝てるわけないじゃん……』がスタートだったんですね。でも僕は、やれないことないと言ったし、本当にそう思っていました」

 ポイントの1つになったのは、3部リーグで戦うマインツの映像がないという点だ。ヴォルフスブルク側は事前準備や対策がほぼできない。となると相手は自分たちのプレーをそのままやることになる。

「僕らは逆に、ヴォルフスブルク側の映像がたくさんあるので、アシスタントコーチ2人と一緒にめちゃくちゃ試合を見て分析しました。そのなかで『こうなると相手は確実にこうしてくるな』という情報がどんどん見つかってきた。それを選手にどれだけポイントを絞って少なく、どれだけ分かりやすく伝えるかに心血を注ぎましたね。あとセットプレーの設計をしました。相手の配置がはっきり分かっていたので、ショートパスからの崩し方を設定しました。試合全体で1~2本あればと思っていたんですが、1本目のトライで本当に狙いどおりにゴールが決まって、前半を1-0で折り返すことができたんです」

■充実の1週間…「できるわけないじゃん」から「できるじゃない!」へ昇華

 ハーフタイムの選手たちの雰囲気は完全に一変。「できるわけないじゃん」が「できたらいいな」に変わり、「できてなくない」となり、「できるじゃない!」へと昇華していく。

「振り返ると、『勝てる』って言い続けた作業がすぐに花開くことはないけど、みんなの頭の片隅のどこかに残るんでしょうね。『あれ、本当に勝てるかも?』というのが現実になりつつあったから、すごい力になったみたいです。ポジティブな意味で洗脳し続けた1週間でした」

 山下はそう笑う。守備戦術がはまり、セットプレーで先制し、全選手がハードワークを見せ、GKがファインセーブを連発し、イメージどおりの展開になった。すべてがハマらないと難しい試合で、ほぼすべてがハマった。

 1-0リードのまま試合は終盤に入り、2500人以上が詰めかけたホームスタジアムはものすごい盛り上がりを見せたという。後半38分、ついに同点に追い付かれると、そこからは地力の差が出てしまい、連続失点を喫して1-4で力尽きた。

 それでも想像をはるかに超える大健闘ぶりに、試合後にファンから温かい大きな拍手が送られたのは不思議なことではない。選手が浮かべる充実感いっぱいの笑顔を、山下もまた指導者として確かな手応えとともにそっと眺めていた。

※第2回へ続く(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

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