椎名誠の街談巷語 大好物、サクラマスの刺身を前に食うか否か煩悶 岩石男も苦しみシチテンバットウ…魚の中の「ムシ」
zakzak by夕刊フジ / 2024年7月5日 15時30分
知り合いのモンゴル人がバーベキューをやって具合が悪くなり、入院してしまった。モンゴル相撲が強い岩のように頑丈な男だった。
何の肉を食ったの?と聞いたらタルバガンだというので「あっ」となった。これはマーモットに似た可愛いやつで夏に繁殖する。ネズミの親戚なので運が悪いと疑似ペストのようになる。さらに運が悪いと死ぬ。ぼくはむかしモンゴルの草原に五〇日ほどキャンプしていろいろ見ていた。
当時、バイカル湖にそそぐトーラ川では一メートル級のイトウが釣れたが、ナマズのほうが断然多かった。ナマズは木で作ったネズミの疑似餌で簡単に一メートル級が釣れた。天ぷらにするとうまいけれど解体時はメチャクチャ臭い。たいていイブクロからはくたばった野ネズミが五、六匹出てきた。腐敗臭だから調理者は一時間も捌(さば)く仕事をしていると気持ちが悪くなり、しまいには吐いてぶったおれた。
北海道でキャンプしていたときは、アキアジ(=シャケ)の時期に名物野外料理の「チャンチャン焼き」をよくやった。八〇センチぐらいのがいちばんうまいサイズだという。
スコップで三〇センチぐらい掘ってアキアジを底に横たえ、土を二〇センチほどかけてその上で盛大な焚火をやる。このとき采配をとってくれたのも、一時代前の「バクロウ」のようなごつごつの岩石男だった。
そこそこ焼けたアキアジに醤油とマヨネーズをかけて食う。
これがバクハツ的にうまかった。
あらかた食ったところでそのバクロウみたいな岩石男が苦しみだした。シチテンバットウだった。油汗を流して苦しんでいる。死ぬんじゃないか、と思った。同行していた「どさん子」が「ムシにやられた。でかいムシが胃の壁にかみついている」と焦った顔で言った。急いで町に下りる支度をして、さてクルマを飛ばしていこう、というときに冗談のようにケロリと治った。
アニサキスだった。あれはモコモコとけっこう速いスピードで移動する。小さいうちはコメツブぐらいだが、成長して胃を噛み破ると人間もあぶないらしい。
その頃ぼくは北海道にカクレ家を持っていたのでよくあちこちでキャンプしていたが、初夏の十勝川ではサクラマスがじゃんじゃん釣れた。ぼくはこの刺し身が大好物だ。そういうコトをわめいていたら地元で知り合いになった人達が大量のサクラマスの刺し身をつくって迎えてくれた。
ちょうどそのときサナダムシの幼虫をもっとも多く宿しているのがこのサクラマスだ、ということを知った。幼虫は三カ月もすれは二メートル以上に成長するという。大皿に山盛りの刺し身を前に食うかどうするか煩悶(はんもん)した。
■椎名誠(しいな・まこと) 1944年東京都生まれ。作家。著書多数。最新刊は、『続 失踪願望。 さらば友よ編』(集英社)、『サヨナラどーだ!の雑魚釣り隊』(小学館)、『机の上の動物園』(産業編集センター)、『おなかがすいたハラペコだ。④月夜にはねるフライパン』(新日本出版社)。公式インターネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」はhttps://www.shiina-tabi-bungakukan.com
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