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海老原清治のNO GOLF NO LIFE 人生もゴルフも「まさか」の連続 20年に日本プロゴルフ殿堂のプレーヤー部門選出「僕でもいいの」という思い

zakzak by夕刊フジ / 2025年1月29日 15時30分

イラスト・太田秀明(夕刊フジ)

年間3勝を挙げた2002年、欧州シニアツアー賞金王タイトルを獲得しました。日本人選手として海外ツアーの賞金王になったのは、1987年の米女子ツアーでの岡本綾子さん以来のことでした。

そのタイトルによって米シニアツアーの最終予選会出場資格を得ました。自分としては欧州シニアがベースになっていたので、米シニアでプレーしたい思いはあまりありませんでした。しかし、欧州シニア賞金王が最終予選会出場を欠場したとなれば、翌年から出場資格を得られなくなるかもしれない。実はそう考えての挑戦だったのです。

何の気負いも重圧もなく臨んだことで普段着ゴルフができました。その結果が2位。米シニアツアー出場資格を手にしたのです。

シード権を保持するには、各ツアーで決められている出場義務試合を消化しなければなりません。米シニア最終予選会を通過したことで、僕は日本、欧州、米シニアツアーの「三足の草鞋(わらじ)」を履くことになり、しかも出場義務試合数をこなさなくてはならなくなりました。

2003年は世界中を駆け巡る過密日程で、好成績はさすがに残せませんでした。翌年は米シニアから撤退。欧州シニアを拠点にしたことが奏功してかナイジェル・マンセル・クラシックで優勝できました。05年からは日本に腰を据えて全試合に出場することにしました。

20年には日本プロゴルフ殿堂プレーヤー部門に選出されましたが、「日本ではそれほど活躍したり、ツアーに貢献したりしていなけど、そんな僕でもいいの」という思いを抱きました。殿堂入りは本当に光栄です。

来年には喜寿を迎える年齢になりましたが、現在でもコースに所属し、ゴルフの仕事を続けられていることは幸せだと思います。2、3カ月に1回ですが、かつてのツアー仲間である横島由一(72)、鷹巣南雄(82)、飯合肇(70)の各プロとのラウンドも楽しんでいます。先輩の長谷川勝治プロ(78)が24年関東ゴールドシニアでマークした66を目標に日々精進している次第です。

人生もゴルフも「まさか」の連続ですが、読者の皆さんもぜひ楽しんでくださいね。 =おわり

(構成・フリーライター伝昌夫)

■海老原清治(えびはら・せいじ) 1949年4月2日生まれ、千葉県出身。中学卒業後に我孫子ゴルフ倶楽部に入り、20歳で日本プロゴルフ協会プロテストに合格。85年の中日クラウンズでツアー初優勝。2000年から欧州シニアツアーに本格参戦し、02年に3勝を挙げて賞金王。20年、日本プロゴルフ殿堂入り。174センチ、74キロ、血液型A。我孫子ゴルフ倶楽部所属。

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