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勝負師たちの系譜 新将棋会館、大きな力となった一般寄付 藤井聡太ブームもありクラファンで 当初はかなり大きな赤字の見通しもほとんど埋まるほどに

zakzak by夕刊フジ / 2024年10月5日 15時0分

新たな将棋会館にオープンした「棋の音」(夕刊フジ)

10月1日、日本将棋連盟の新将棋会館がオープンした。

場所は今までと同じ東京・渋谷区の千駄ケ谷だが、駅から2~3分で『ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル』の1階部分だ。

新将棋会館には、1階部分に木材も使われていて、いかにも将棋の殿堂という趣がある。

私にとっては、3つ目の会館である。私が東京に出てきた1968年には、鳩森八幡神社の横の(今までと同じ場所)木造2階建ての会館だった。

1961年の建築というから、私が来たときは建って7年目ということになる。私はそこに、奨励会の三段になるまで4年間、住み込んだ。

さすがに手狭になって建て直そうということになったのが、私が棋士になってすぐの1970年代半ばの頃。最初は日本船舶振興会から補助金が出る、という見込みがあっての計画だった。

当時は大山康晴十五世名人が中心となって、精力的に寄付金集めに動いた。

その頃はまだ、大きな会社が寄付金を出してくれる時代で、経団連が中心となって、割り当て表などを作ってくれたことが大きかった。

それでも足りないところは、大山が自ら飛び込みで会社を回り、寄付金をお願いしたと聞く。

現在では会社からの寄付金は望めないが、ヒューリック株式会社が持つ千駄ケ谷駅前のビルに入れることから、移転の第一歩が始まった。

そして藤井聡太ブームもあり、クラウドファンディングで、一般の方から多く寄付していただいたのが大きな力となった。

当初はかなり大きな赤字とみられていたのが、ほとんどそれが埋まるくらいに集まったと聞いている。

将棋界では寄付者にいろいろな返礼品を用意していた。例えば、棋士との特別指導対局権のようなイベント系や、棋士の色紙などのグッズだが、一番人気は寄付者の名前が会館にプレートで残るというものだったと聞き、改めて感謝したい。

棋士の新会館での対局は年明けからだが、最初は一般の方のための道場、棋書やグッズを売る売店、カフェといった、ファンのためのスペースである『棋の音(きのね)』からのオープンである。

初日はどこもいっぱいで、外に行列ができていた。1日店長を、会館建設に尽力した前会長の佐藤康光九段が務めていた。

ファンの方も時間があれば、ぜひ訪ねていただきたいと思っている。

■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

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