マネー秘宝館 カナレット絵画に学ぶその時代で売れるもの 興味深い「お土産ビジネス」の今後、便利だが「物語」が少なくなり少し寂しく
zakzak by夕刊フジ / 2024年12月11日 15時30分
ヴェネツィアの風景画家カナレットの絵画展覧会が年末まで東京(SOMPO美術館)で開催中です。今回は私の「推し」であるカナレットのご紹介をしましょう。
彼はヴェネツィアで18世紀前半に活躍した風景画家です。同じく風景画家だった父親の背中を追いかけてこの道に入りました。
彼の風景画はとにかく描写が繊細かつ正確なんです。まるで写真のように細かいところまでしっかり描かれている。建物の窓枠まで手抜きなく表現されていて、その細かさに驚くばかり。細い筆どころか数本の毛で描いたんじゃないか、そしてハズキルーペ(拡大鏡)なしでこんな絵が描けるのか、と想像が膨らみます。かくも繊細でありながら、全体としては壮大かつ雄大な風景画となっているところ、それがカナレット風景画の魅力です。そのすばらしさはとても言葉では表現できません。皆さま、どうぞ実物をご覧になってくださいませ。
今回展示されているカナレット絵画、どこからやってきたかと出展先をみると、ロンドンあるいはスコットランドの美術館が多いのです。なぜヴェネツィア画家の描いた絵がイギリスにあるのでしょうか? その答えは「グランドツアー」の流行です。
18世紀のヨーロッパではグランドツアーと呼ばれる大修学旅行が流行しました。この旅行、出掛けるのは主としてイギリス人。すでに産業革命によって潤った「成り金」金持ちが登場していたイギリス、しかし成り金には引け目があるわけですよ。「金は手にしたが、俺には文化の教養がない」って。このままでは上流階級に入っていけない、彼らと仲良くできない。
そこでイギリス成り金はわが息子をイタリアに旅立たせるわけです。「息子よ、俺の分まで文化芸術を学んでこい」というわけです。ここで息子は短くても数カ月、長い場合には数年という時間を掛けて、馬車と徒歩で芸術の都かイタリアを目指します。
このグランドツアーの終着地がヴェネツィアでした。息子は到達したヴェネツィアで上機嫌のドンチャン騒ぎ。後はお土産を買って帰路に着くだけ。ここで高級お土産品として人気だったのがカナレットの描いたヴェネツィア風景画だったというわけです。
カメラのなかった当時、故郷イギリスの父母に「ヴェネツィアって、こんなところだったよ」と伝えたいじゃないですか。だから繊細かつ正確な描写が好まれたのです。息子からこの絵を見せてもらった父母は息子の思いやりと、見たことのないヴェネツィア絵画にさぞや感動したことでしょう。このような経緯から、カナレット絵画はイギリスの美術館に数多く所蔵されているのであります。
50年以上前、私の父親は海外に行くとよくウイスキーをお土産で買ってきていました。「これはジョニ黒って言うんだ」などと、うれしそうでしたねえ。いまやネットショップで国内・海外の名産品が簡単に手に入る世の中。便利ではありますが「お土産」をめぐる物語が少なくなり、少し寂しく感じます。
■田中靖浩(たなか・やすひろ) 公認会計士、作家。三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社勤務を経て独立開業。会計・経営・歴史分野の執筆・講師、経営コンサルティングなど堅めの仕事から、落語家・講談師との共演、絵本・児童書を手掛けるなど幅広くポップに活躍中。「会計の世界史」(日本経済新聞出版社)などヒット作多数。
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