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大鶴義丹 やっぱりOUTだぜ!! 新人俳優にかけた言葉で平成元年の打ち上げにタイムスリップ「盛り上がって悪いな…」 自分は先輩たちのように「確かなモノ」得られたか

zakzak by夕刊フジ / 2024年9月3日 15時30分

平成になったばかり、私がまだ新人俳優であった頃だ。世間は、今思うとバブル真っただ中。とある映画の「打ち上げ」に参加した。

映画の物語自体が文学作品ということもあり、出演者の多くは自分の親くらいの年齢のベテラン勢だった。景気が良い時代であったのだろう。ギャラの高そうな有名な方たちばかりであった。

監督も60歳を過ぎた有名な方であった。そんな「座組」であるので、私を含めた数人の若者たちは、隅っこで小さくなっているという雰囲気だった。

撮影現場からそんな雰囲気だったので、撮影後の打ち上げ会場においても言うまでもない。

酒が入った勢いもあり、ベテラン勢の同年代トークに大きな花が咲いていた。

私たち若手は隣のテーブルでおとなしくしているしかなかった。記憶では同年代の若い俳優は3人だけ。

気がつくと、私たちのテーブルはお通夜状態であった。しかし、それはベテラン勢のパワーに圧倒されていたわけではない。私たち3人の若手俳優に「共通」の話題がなかったからだ。

それに比べて、隣のテーブルからいや応なしに聞こえてくる話は同窓会のようだった。

「あのときの大河ドラマで誰それがナンチャラ」「あの怖い監督もいよいよ死んだ」「あのドラマを撮影していたときは、みんな独身でむちゃをした、金もなかった」などと、同じ「昭和芸能列伝」をともに駆け抜けてきた戦友同士のようであった。

若かったゆえにそんな「ジジババども」を苦々しく感じた。

カビ臭い思い出話に盛り上がっていないで、自分たちも加われるような未来の話をしたいと。

だがその半面、昔話をできるくらいに、永く役者であり続けている彼らをうらやましく思ってもいた。

自分たち新人俳優にはまだ何の根っこもない。来年にはやめているかもしれないようなレベルだ。また、互いに若さゆえのライバル意識もあるので、無駄に仲良くなろうともしない。

こんな無駄な会など飛び出して、いち早くガールフレンドのアパートに向かいたい気持ちでいっぱいだった。

「俺らばかりで盛り上がって悪いな。みんないろいろな時代を生き抜いてきたから、うれしくて」

宴もたけなわの頃、60歳手前くらいの俳優が私たちのテーブルに声をかけてきた。

彼らが駆け抜けてきた時代の重さは理解できなかったが、彼らの大きな笑い声の先に、自分たちにはない「確かなモノ」があるということだけはハッキリと感じられた。

そして時代は回り続けた。

つい数日前、この夏の仕事の打ち上げのときに、「俺らばかりで盛り上がって悪いな…」と、私は二十歳そこそこの新人俳優に言っていた。あのときの「打ち上げ」にタイムスリップしたような感覚になった。

しかし、あのときの先輩たちが得ていた「確かなモノ」を、今の自分が得ているかは疑問だ。

■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画「首都高速トライアル」で俳優デビュー。90年には「スプラッシュ」で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。NHK・Eテレ「ワルイコあつまれ」セミレギュラー。

本日千秋楽を迎える東京・三越劇場で上演中の「リア王2024」に出演。10月14~23日には東京・赤坂サカス広場特設紫テントで上演される新宿梁山泊の「ジャガーの眼」の舞台に立つ。

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