椎名誠の街談巷語 全身筋肉、尊富士は令和の力道山!?大相撲九州場所が熱い モンゴルで見た…別段鍛えていない大巨人とは正反対の力士
zakzak by夕刊フジ / 2024年11月22日 15時30分
大相撲九州場所が面白い。休場力士が少ない(幕内では横綱照ノ富士ひとり)ということもあるのだろう。なによりも福岡の相撲ファンが熱い、ということがよくつたわってくる。ぼくは毎日十両取組の中頃から熱心に見ている。28年ぶりに十五日間満員札止めであるという。
今場所は注目力士がけっこう沢山いるようなので、その力士の周辺を知らず知らずのうちに詳しくなり、こっちも応援態勢になっていくから、まあ完全に取り込まれている。
ウクライナ出身の力士が二人いる。一人は十両になったばかりだがヤルキに満ちており、長身で憂いのこもったハンサム。勝星をあげていくと相当な人気力士になるような気配だ。
モンゴルの力士は今、三十人ぐらいだというので驚いた。
むかしモンゴルのあっちこっちを旅していたとき、いたるところで相撲をやっている人を見た。遊牧民伝統の祭典である「ナーダム」では、本格的な試合もいろいろ見た。横綱が六人もいた。
モンゴル相撲には土俵はなく、どっちかを倒すまでやる。だから投げ技が主体で朝青龍みたいな力士が沢山いた。当時、これは間もなく日本の大相撲にデビューして頂点にたつ力士がいっぱい出てくるんじゃないかな、と思っていたら本当にそうなっていった。
モンゴル相撲は「栄光」と「屈辱」をわけるスポーツで、勝負に勝つと勝者は鷲が舞うさまを示し、敗者は広げたその腕の下を頭を下げてくぐらなければならない。だからみんな「勝ち」にこだわる。結果的にみんな強くなる。
日本の大相撲がくまなくテレビ放映されているので、モンゴルにはあまりない巨大なスタジアムに満杯の客を見て、「自分もいつか日本でスモウをやるんだ!」と目を輝かせるらしい。それは同時に「『カネ』をいっぱい稼ぐんだ」という、ひところのアメリカンドリームにも似た「ジャパニーズドリーム」になっていったのである。
モンゴルの地方を旅していたときに、ある田舎で「身長二・五メートル、体重二五〇キロ」だという青年を紹介された。本当にそれぐらいあるんじゃないか、と思わされるような大きさだった。ちょっとうっかりすると二・五メートル四方の人間を思い浮かべてしまうが、そんなわけはなくただの大巨人だった。
でも別段なにも鍛えていない、というのでつまりは「空気デブ」とはこういうヒトか、としばし感心したくらいだった。こういう人をつくり変えるにはものすごい訓練と根性が必要で、やってみると半分くらいに縮まってしまうかもしれない、と思った。
こういう〝ふくらまった〟人と正反対のような力士が目下の大相撲にいる。
尊富士(たけるふじ)という黒く引き締まった体の力士で、この人の登場はちょっとしたショックだった。なにしろ全身筋肉、ということがよくわかり、ぶつかると相手が痛そうだ。しこ名もいいしプロレスだったら令和の力道山なんていう存在になるのではないかと思った。
■椎名誠(しいな・まこと) 1944年東京都生まれ。作家。著書多数。最新刊は、『思えばたくさん呑んできた』(草思社)、『続 失踪願望。 さらば友よ編』(集英社)、『サヨナラどーだ!の雑魚釣り隊』(小学館)、『机の上の動物園』(産業編集センター)、『おなかがすいたハラペコだ。④月夜にはねるフライパン』(新日本出版社)。公式インターネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」は https://www.shiina-tabi-bungakukan.com
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