大鶴義丹 やっぱりOUTだぜ!! 忘れられない昭和の殺人事件 理解できていないまま犯人役を演じ今も心にくすぶる後悔、15年前の自分に「復讐」できるのか
zakzak by夕刊フジ / 2024年6月25日 15時30分
焼き肉店の経営者夫妻や旭川の女子高生が殺害された事件など、昨今の殺人事件の報道を見ていて、コメンテーターらしき輩が「昭和の時代とは違うタイプ」と、ステレオタイプなことを言うとモヤモヤしてしまう。
偶然の事故以外、人が人を殺すということは昭和の時代から理解不能である。また令和よりも、昭和の事件のほうが、犯人も報道も質が悪い。
1979年1月、まさに私が思春期真っ盛りであった頃のあの事件が忘れられない。それが「三菱銀行人質事件」だ。
大阪市の三菱銀行北畠支店に猟銃を持った男が押し入り、客と行員30人以上を人質にした揚げ句、人質の行員や警察官ら4人を射殺した殺人事件であった。
思春期の私の心を握りつぶしたのは、男は警察の狙撃から身を守るために、女性を含む人質たちを全裸にし、猟奇的にいたぶるようなこともしたというのだ。その狂気の空間を想像するとめまいがした。
私は殺人という行為について、その年齢なりに深く考えた記憶がある。また、そんな内容が赤裸々に実況報道されていたのだから、昭和というのは乱暴な時代だ。人質の家族も、リアルタイムにその報道を聞いているのだ。
思わず、殺意を持ってしまうことは誰にでもある。しかし、それを実行してしまうことはまるで違う。その間にはのぞき込んでも底が見えないような深い谷があるはずだ。ほとんどの者に、その谷を越える勇気はない。
2時間ドラマで、やむにやまれず殺人を犯してしまう役を演じたことがある。子供を殺された夫婦の話だ。その監督と犯行を決意する瞬間の芝居について、いろいろと話し合った。テレビ的に分かりやすいオーソドックスなもの、無表情ながら内に秘めたマグマを感じさせるもの。どのようなものが視聴者にリアリティーを伝えられるだろうかと。
私は普通の人が殺人者となる決意というものは、そんな簡単なものではないと主張した。あくまで想像の範囲ではあるが、「畜生、あの野郎だけは許せない的」な領域ではない、言葉にもならない底知れぬ狂気が必要なはずだ。
しかし、監督の判断は、とにかく一番分かりやすいものが良いということだった。納得がいかない部分もあった。だが、すべては私の責任でもある。その狂気を映像的にコンパクトに表現できなかったからだ。それが分かっているゆえに、自分の演技のふがいなさに腹が立った。
15年くらい前のことであるが、この後悔は今でも心の奥でくすぶっている。
そして今年の夏、また人を殺してしまう役を演じる予定だ。15年前の自分に「復讐」できればいいのだが、いまだに人が人を殺す決意をする瞬間のエネルギーと、その裏にある狂気や闇を、十分には理解していない。
被害者には不謹慎だと分かっているが、その瞬間の人間の顔を想像してしまう。
冬空の下、男が猟銃を持って銀行の入り口を潜る瞬間、彼はどんな表情をしていたのだろうか。焼き肉店経営者夫妻への殺意を固めたとき、容疑者たちはどんな顔をしていたのだろうか。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画「首都高速トライアル」で俳優デビュー。90年には「スプラッシュ」で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。NHK・Eテレ「ワルイコあつまれ」セミレギュラー。
29日~7月7日、東京・俳優座劇場で上演の「帰って来た蛍~永遠の言の葉~」に出演。7月19~21日には東京・浅草公会堂で上演の松井誠PRODUCE公演「月夜の一文銭」に出演。
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