屈辱のバック宙ホームインは「見えなかった」 “第8戦”で二刀流の活躍も…逃したMVP
Full-Count / 2024年5月31日 7時20分
■金石昭人氏は1986年に12勝で優勝に貢献…日本Sでは第4戦と“第8戦”に先発
“史上初の大一番”で大魚を逸した。広島、日本ハム、巨人のプロ20年間で72勝80セーブをマークした野球解説者の金石昭人氏は、日本シリーズ史上初めて第8戦までもつれ込んだ1986年、最終戦で広島の先発を任された。「第8戦があるなんてあり得ない。というか、僕が8試合目に投げるなんてあり得ないですよ」。歴史的なマウンドを振り返った。
金石氏はプロ8年目のこの年、「投手王国」と称された広島の先発ローテーションの柱として存在感を示した。自身初の2桁となる12勝を挙げ、防御率2.68はエース北別府学に次ぐリーグ2位。チームを優勝へと牽引した。
日本シリーズの相手は西武。PL学園の後輩、清原和博内野手のデビューイヤーで、広島は「ミスター赤ヘル」こと山本浩二外野手がこのシリーズ限りでの現役引退の意思を示していた。新旧の4番が注目された対決だった。「あの年は12勝したから、シリーズで1試合は先発するだろうとは思っていました」。
広島市民球場で開幕した初戦は、4時間32分の激闘で延長14回ドロー。そこからカープは3連勝で、一気に日本一にリーチをかけた。金石氏は第4戦に先発した。自ら先制タイムリーを放ち、白星こそ付かなかったものの8回途中まで1失点。「松沼兄やん(博久投手)からヒットを打ったんですよ」。バットの感触を覚えている程に投打とも会心の内容で、王手に貢献した。
日本シリーズは7戦4勝制。先に4試合勝てばいい。「4戦目に投げたので(登板間隔から)もう回ってこない。もうシーズンオフだと考えてました。ましてや王手。あと1つ勝てば終わり。もう自分の役目は終えた、と」。日本一は目前。金石氏は、充実した1年の心地よい疲れを癒すだけと信じ込んでいた。
ところが、突如として目覚めた獅子の逆襲に遭う。よもやの3連敗。「1つ負ける、2つ負ける……。そして3つ負けた。流れって怖いです。止められない」。それまでなかった“第8戦”が行われることになった。広島の連敗が進む中、金石氏の頭の中はチームの投手の陣容でいっぱい。「わー、ピッチャーいないよ。どうすんだ? 先発の頭数を計算してみると……。俺、もう1回投げんのかな? 頼むから勝ってくれ。もう1勝で終わるのに」。
■自ら先制2ラン、5回まで無失点も…同点弾の秋山がバック宙ホームイン
かくして第8戦。中4日で先発マウンドに立った金石氏は、本拠地の声援も力に奮闘した。3回に西武のエース東尾修から左翼席へ突き刺す先制2ラン。「あれは打ったんじゃなくて、ボールが勝手にバットに当たってくれました」と照れるが、本職も5回まで無失点。打つわ投げるわの独り舞台を演じていた。
6回。この回先頭の清原に中前打を許したが、続く大田卓司外野手を遊ゴロに。併殺コースだったものの、清原の果敢なスライディングに一塁送球が乱れ、走者が残った。迎えるは秋山幸二内野手。併殺を狙った「たぶんスライダーだった」初球が甘く入り、左中間スタンドまで運ばれた。
同点2ラン。野球ファンは驚きの場面を目撃することになった。秋山は三塁ベースを回ったところでヘルメットを脱ぎ捨てる。ホームに近付くや側転し、その流れからクルリと後ろ宙返りしてベースを踏むではないか。体操選手並みの鮮やかな動きを披露した。
「僕は打たれたことがショックで、あんまり見えなかった。ああ、何かやってるなぐらいの気持ちでした」。金石氏は8回に決勝点を奪われ、2-3でカープは日本一を逃した。
バック宙ホームインは、過去の名勝負のシーンなどでテレビで再三に渡って放送された。秋山氏と会う度に話題になるという。「もう笑い話ですよ。『バック宙なんかしやがって』とかね」。金石氏は野球解説者として現在も日本シリーズは当然ながら観戦する。「今見ていると、自分があんな大舞台でよく投げていたなぁと思いますね」。
そして“第8戦”を顧みる。「勝っていれば、シリーズMVPもあり得たと思いますね。もしMVPを獲っていたら……人生ちょっと変わったかも。でも獲らないで良かったのかな、ハハハ」。屈託なく笑うのだった。(西村大輔 / Taisuke Nishimura)
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