因縁の甲子園「俺は仁村家にとって悪人やな」 9回2死からの奇跡…中日でも続いた友情
Full-Count / 2024年5月31日 6時50分
■1979年夏の甲子園初戦、牛島和彦氏は仁村徹から起死回生の同点弾を放った
最後の夏で、まさに起死回生の一発だった。元中日、ロッテ投手の牛島和彦氏(野球評論家)は浪商(大阪)で投手としてだけではなく、5番打者としてもシュアな打撃で注目を集めたが、高校時代に「球場で放ったホームランは1本だけ」。それが飛び出したのが1979年夏の甲子園。上尾(埼玉)との1回戦で、0-2の9回表2死一塁から放った同点2ランだ。実はこの時「打席で、もう負けたと思っていた」と言う。そんな状況が一転。いったい何が起きたのか。
1979年選抜大会準優勝後に牛島氏は腰痛を発症。夏の大阪大会は痛みとも闘いながら勝ち上がり、決勝ではライバルのPL学園を9-3で破って、春夏連続の甲子園出場を決めた。コンディションも最悪の状態からは幾分よくなって全国舞台に臨んだが、1回戦の上尾には大苦戦だった。8回を終わって0-2。上尾の下手投げエース・仁村徹投手(元中日、ロッテ、現・中日球団編成統括)を浪商打線は打ちあぐねた。
「ウチはアンダースローに弱かったですからね。対戦が決まった時から嫌だなって思っていたんです。資料を見たら、徹(仁村)は埼玉大会を確か防御率0点台で来ていたんですよね。これは打てんな、気合を入れていかないと、と思いながら僕も先に点を取られたし、打つ方も全く打てる気がしなかった。9回2死一塁で僕に回ってきた時も、正直、ああ、最後の打席やなって思っていました。負ける時はやっぱりアンダースローやなって思いながらね」
そんな打席で牛島氏は起死回生の同点2ランを放った。「1球目アウトコース低めにドーンとストライクが来たんですよ。全然届きそうになかった。ウワー、これは打てないわって思ったんですが、あまりにもいい球で開き直れたんでしょうね。この球が3つ来たら打てないな、どうしようと一瞬思って、普通だったら焦るんでしょうけど、この時、それまでの打席のことを考えたんですよ。いい真っ直ぐの後の変化球に泳いでアウトになっていたことをね」。
牛島氏は腹をくくった。「1球目のストレートの後にひょっとしたら変化球、カーブが来るかもしれない。1ストライクだから、まだもう1個、カウントに余裕があるので、1回だけ1球だけカーブを待とうと思った。ただし、外に来たら振らないでおこう、インサイドに来たカーブだけ振ろうと決めたんです。それでないと打てないから。そうしたらインサイドからホンマにカーブが来たんでガーンと打ったらスタンドに入ったんです」。
■2人は中日でプレー…仁村が投手時代に挙げた唯一の勝利を牛島氏がセーブでアシスト
左翼ポール際の打球だった。「僕はホームランを打ったことがなかったんで、僕みたいなのが打ったら審判はファウルって言うんだろうなって思いながら一塁に走って、パッとみたら、審判が手を回していたので、ああ入ったって感じでしたね」。牛島氏の劇的な一発で同点に追いついた浪商は延長11回に勝ち越して3-2で勝利した。「1年生から試合に出ていて、僕が球場でホームランを打ったのはこれ1本だけでしたからね」。まさに忘れられない一打となった。
「あそこで外に変化球が来ていたら僕は振っていませんからね。後で徹に聞いたら『外にボール球を投げるつもりが、パッと抜けてインサイドに行った、自分のミスだ』って言っていましたよ。でも徹はいいピッチャーでしたね」。牛島氏と仁村はのちに中日でチームメートになり、打者転向前の仁村が投手時代に唯一挙げた白星を牛島氏がセーブでアシストする関係にもなるのだから、縁とはわからないものだ。
5年後の1984年10月5日の阪神戦。くしくも舞台は2人にとって因縁の甲子園だった。「徹がピッチャーとして最後に1軍に上がって負け試合にリリーフで出たら逆転して、このままいったら徹に勝ち星が付くってところで僕が投げたんですけど、あれほど緊張したことはなかったですよ。もし打たれたら“俺は仁村家にとって悪人やな、甲子園で9回にホームランは打つわ、プロ初勝利を消すわってなったら”って思ってね」。それだけに最後を締めた時はホッとしたそうだ。
「その前に『野手になれって言われているんだけど』と徹に相談されたりしていたんですよね。『野手でレギュラーを取ったら息長いからいいんじゃないの。俺にホームランを打たれているピッチャーやからな』って言ったら笑っていましたけどね。あいつプロでは1試合投げて1勝なんですよね」。結果、仁村は打者として大成功を収めるが、そんな2人の絆が深まったのも高3夏の対決があったから。牛島氏にとって上尾・仁村徹投手との対戦は友情物語の始まりでもあった。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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