中学軟式の消滅は「最大の懸念」 “成長途中”の受け皿へ…教員一体で示す模範例
Full-Count / 2024年6月11日 7時5分
■埼玉・川口クラブは中学教員が“二刀流”運営…部活動「地域移行」のモデルに
教員の働き方改革などを背景に、公立中学校の部活動を地域のクラブや民間事業者などに委ねる「地域移行」が進められているが、費用や場所、人材の確保など課題解決の糸口が見えず、全国各地の関係者が頭を悩ませている。その中で、他の地域のモデルになりそうな仕組みをつくっているのが、埼玉県川口市にある中学軟式野球クラブ「川口クラブ」。今後、部活が地域に完全移行されても、生徒が野球を続ける環境を整えている。
5月下旬の木曜日、午後4時45分になると、川口市立芝東中学校のグラウンドに選手たちの声が響いた。「ありがとうございました」。午後3時半から始まった野球部の練習は、準備と片付けを含めて1時間余りで終了した。天気は晴天で、まだ日も暮れていない。平日の部活動は国のガイドラインで2時間以内と決められているが、学校のルールや練習場所の都合などで2時間よりも短くなる日もある。
野球部の顧問への挨拶を終えた生徒がグラウンドを離れると、今度はTシャツやユニホームを着た別の生徒たちが入ってくる。「お願いします」。顧問に頭を下げて練習の準備に取りかかる。軟式野球クラブチーム「川口クラブ」の活動が始まる。同クラブには川口市内、さらには市近郊の中学生1年生から3年生まで274人が所属している。
芝東中の野球部顧問、武田尚大さんは、部活を終えて“退勤”すると、その後は川口クラブのGMとしてグラウンドに現れる。部活動の顧問とクラブチームGMの“二刀流”について、「野球部の活動時間では物足りない生徒が練習できる環境をつくっています。部活動が地域移行となっても、今の形で中学生が軟式野球を続けられる仕組みとなっています」と説明する。
川口クラブの武田尚大GM(左端)【写真:間淳】
■クラブの月会費3000円、指導する教員の報酬は6時間未満で1500円
川口クラブは元々、全国大会出場を目指す選抜チームだった。市内の中学野球部に所属する選手を集めて、他の市町のチームと埼玉県代表の座を争った。OBには広島・大道温貴投手やロッテ・金田優太内野手がいる。
だが、2018年にスポーツ庁が発表した部活動のガイドラインを受け、クラブ運営を大きく変えた。ガイドラインでは平日の活動時間は2時間まで、土日はどちらか1日だけで3時間までと決められている。野球は試合の準備やウオーミングアップに時間を要するため、3時間の活動では1試合が限界だ。そこで川口クラブは、もっと野球がしたい選手のために加入型のクラブチームに形を変えた。
中学校側と協力して部活動を土曜日に固定し、日曜日を川口クラブの活動に充てる。平日も練習場所を確保できた時は、部活後や部活のない日に活動する。川口クラブには地域別に4つの支部があり、それぞれの支部で練習を行い、野球部の顧問が指導している。部活とは切り離した地域クラブでありながら、顧問の教員が運営している形になる。
顧問は勤務する中学校に「兼職兼業願」を提出し、川口クラブでの指導許可を得ている。クラブは会費制で月3000円。顧問がクラブのスタッフとして働く際は半日で1500円、6時間以上で3000円の報酬を受け取る。
現在は40人近くの教員が川口クラブで指導している。武田GMは「クラブの部員は増えていますし、市外からも参加希望の問い合わせがあります。需要が高いと感じています」と話す。指導者に報酬があると言ってもボランティアに近い金額だが、完全ボランティアとは大きな違いがあるという。
■部活動停止で硬式クラブに選手流出…成長過程でも「続けられる環境を」
国が部活動の地域移行を打ち出した当時、武田GMには、今の川口クラブとは違う運営方法も選択肢にあった。自身が顧問を務める中学校や、近くの中学校の生徒だけを対象にした地域クラブの設立だ。この方が規模は小さいため、圧倒的に手間がかからない。しかし、武田GMは市全域で仕組みをつくる道を選んだ。
「新型コロナで部活ができなくなった頃、軟式野球部の生徒が硬式のクラブチームにかなり流れました。部費を払っているのに全く試合に出られない選手が増えると、高校で野球を続ける選手が減ってしまいます。軟式野球を受け皿として残すことが大切です。軟式野球がなくなってしまうことが最大の懸念だったので、川口市全体で競技人口を減らさないように、まとまって活動しようと考えました」
小・中学生の年代は野球歴や体の成長に差が大きく表れる。園児や小学校低学年で早くから野球を始めたり、成長期が早く来たりした選手は、中学生で硬式のクラブチームを選択しやすい。だが、そうではない選手は中学の野球部や軟式のクラブチームがなければ、野球をやめてしまう可能性が高い。
小学校卒業と同時に野球をやめる選手が増えれば、中学野球や高校野球の競技人口も必然的に減っていく。武田GMは「仕組みができれば、部活が完全に地域移行されても子どもたちは野球を続けられます。学校の施設や教員のリソースは地域移行で不可欠になると思っています」と語る。
部活動の地域移行で、指導者や場所といったハードルがあるのは間違いない。しかし、現状を嘆いたり、不満を漏らしたりするだけでは何も変わらない。子どもたちの環境を整えるのは大人や地域、国や自治体の役割。川口クラブのように、行動に移して形を示している例もある。(間淳 / Jun Aida)
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