練習から逃亡→籠城も「開けろぉ!」 引きずられてグラウンドへ…味わった“地獄”
Full-Count / 2024年6月20日 6時50分
■伊勢孝夫氏は5年目に野手転向…小森光生コーチに鍛えられた
現役時代、近鉄、ヤクルトで活躍した伊勢孝夫氏(野球評論家)はプロ5年目の1967年、投手から野手に転向した。明石春季キャンプから厳しい修業がスタート。そのかいあって、4月22日の東映戦(日生)でプロ初出場を果たした。だが、球宴後の8月上旬に2軍落ち。そこからはさらなる“地獄練習”の日々が待っていた。あまりにもきつすぎてグラウンドから逃げ出し、寮の部屋に閉じこもったこともあったという。
野手に転向したプロ5年目の伊勢氏を指導したのは小森光生コーチだった。「バットを持って構えて、テークバックからステップまでで『はい、そこまで、もう1回』って、それを繰り返すんです。構え、テークバック、ステップがきちっとできていないのにスイングしても意味がないということでね。それができるようになってからスイングをさせてもらいましたが、キャンプ中はずっとそれ。1スイングもできなかったです」。
小森コーチは早稲田大時代に同期の広岡達朗氏と三遊間を組み、1954年に毎日オリオンズに入団。1年目から活躍した。1962年に近鉄に移籍して、1966年に現役引退。1967年はコーチ1年目だった。1962年から1966年まで近鉄コーチを務めた根本陸夫氏の影響を受け、その理論を伊勢氏にも叩き込んだと言われている。のちに球界のドン的な存在にもなる根本氏は1968年に広島監督となり、小森氏を広島コーチに招聘している。
その小森コーチの指導によって、伊勢氏は野手として成長を遂げた。「オープン戦から1軍でしたから、あのやり方がよかったんだと思います」。開幕5戦目の4月22日の東映戦(日生)に初出場。代打で凡退したが、そのまま一塁守備にも就いた。4月25日の西鉄戦(日生)では「6番・一塁」でプロ初スタメン。6回に西鉄の右腕・与田順欣(よしのぶ)投手からプロ初安打をマークするなど4打数1安打だった。
「与田さんの球はめちゃめちゃ速かった。こんな速い球をどないして打つのやろうなって思っていたら、ヒットエンドランのサインが出た。バットに当てなきゃいかんじゃないですか。もう目をつぶってバットを振ったら、ライト前に。それが初ヒットでしたね」
■伊勢氏に合わせて小森コーチも2軍へ…地獄のマンツーマン指導が続けられた
しかし、まだまだ力の差は歴然だった。この年の成績は27試合、32打数3安打の打率.094、本塁打、打点はいずれも0。8月9日の阪急戦(西京極)に代打で出て三振したのを最後に2軍落ちとなった。そして、小森コーチからマンツーマン指導を受けることになった。「小森さんは1軍コーチだったんですけど、小玉明利(選手兼任)監督と折り合いが悪くて、伊勢を育てるという名目で一緒に2軍に行くことになったと思うんですけどね」。この練習が地獄だった。
「2軍だから朝からやって夕方には終わるじゃないですか。ところが、2軍と同じ練習をやらせてもらえないんですよ。別口なんですよ。小森さんが考えて、ランニングの量からバッティング、守備と全部違うメニュー。みんなが練習を終えて寮に帰ってビールを飲んだりしている時に『さあ、伊勢、今から守備やるぞ!』と言われるような毎日。もうそれが嫌で嫌でねぇ」。あまりにもきつくて、とうとうある日、反旗を翻したという。
「『もうやめた!』と言って、ファーストミットをポーンと放って、すたこら(藤井寺)球場のライト(スタンド裏)の寮に帰ったんです。小森さんが追いかけてきたから部屋の鍵を閉めて開けなかったんです。『開けろぉ!』『嫌じゃ、もう辞める!』ってね。30分くらい押し問答して、あまりにしつこいから鍵を開けたらつかまえられて……。小森さんは合気道かなんかやっていて、ものすごい握力が強いんですよ。グラウンドまで引きずって連れていかれて『やれ!』って」。
何ともつらい日々だったが、振り返れば、それが伊勢氏の野手人生の礎になった。翌1968年シーズンはオープン戦から絶好調で開幕スタメンの座も勝ち取った。その年から小森氏は広島コーチになっていたが、伊勢氏は前年の練習効果と思っている。小森氏とはのちにヤクルトでも師弟関係となるなど、その結びつきはさらに深まっていく。「小森さんにはいろいろお世話になりましたね」と伊勢氏はとても感謝している。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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