「口の中、飯だらけ」でHR…野村克也を“カモ”に 読み切れなかった大胆思考
Full-Count / 2024年6月22日 6時50分
■伊勢孝夫氏は1971年に自己最多の28発…野村克也兼任監督率いる南海からよく打った
口をモゴモゴさせながらバックスクリーン弾をぶちかました。野球評論家の伊勢孝夫氏は近鉄時代の1971年にキャリアハイの28本塁打をマークした。プロ9年目のことだった。投手として入団し、5年目に野手転向。勝負強い打撃から「伊勢大明神」のニックネームもついたが、特に相性がよかったのが南海戦だったという。当時の南海監督は捕手兼任の野村克也。裏の裏をかこうとする知将も舌を巻く打棒だった。
プロ9年目だった1971年の伊勢氏は112試合、365打数84安打の打率.230、28本塁打、64打点。この数字を見ればわかるように、安打数に対して本塁打率が高い。これは伊勢氏の特徴であり、ここぞのシーンでの価値ある一発が多かった。だからこそ「伊勢大明神」とも呼ばれたわけだが、そんな伊勢氏が「よく打ったイメージがありますね」と話すのが、野村監督率いる南海戦だ。
その年の10月3日の南海とのダブルヘッダー第2試合(藤井寺)では3打席連続本塁打。翌10月4日のダブルヘッダー・南海戦第2試合(日生)ではシーズン28号を逆転サヨナラ2ランで飾った。「サヨナラホームランの試合は0-1で負けていたんですよね。マッシー(村上雅則投手)に抑えられていたんですけど、9回ツーアウトからバッター(4番の)土井(正博)さんのところでピッチャーが西岡(三四郎投手)に代わったんですよ」。
土井は四球で出塁して、5番の伊勢氏に回ってきた。「1球目だったかなぁ、ライトのネットに当たって(逆転)サヨナラホームラン。この勝ちでチームの3位が決まったんじゃなかったかな」。伊勢氏はその年の1号本塁打も南海・西岡から放っており、相性もよかったようだ。さらに南海戦に関しては、こんなことも明かした。「いつだったか、口の中、飯だらけで打席に入って打ったことがあったんですよ」。
■燕のミーティングで“告白”「ヤマを張ったことがないんです」
その日の伊勢氏はスタメンから外れていたという。「出番があってもまだ先だと思ったので、ゲームが始まって、食堂からオムライスと肉そばを持ってきてもらって2回くらいに食べていたんですよ。そしたら3回にピンチヒッターでいくぞって。慌ててバットも振らない、何もしないで打席に入ったんです」。オムライスと肉そばをもごもごさせる伊勢氏。野村監督兼捕手からは「『何していたんや』って聞かれた」という。
「『いやいや、スタートじゃなかったから飯食っていたんですよ』と言ったんですけどね、その時も相手投手は西岡じゃなかったかな、1球目をバックスクリーンにホームランを打ったんです」。とても打てそうな雰囲気を見せていなかっただけに、野村捕手もびっくり。伊勢氏は本当のことを話しただけだったが、マスク越しにささやいて心理戦も仕掛ける側からしてみれば、だまされた気分だったようだ。
「私のことをヤマ張りと思っていたみたいですね。(1990年に)ノムさんの下でヤクルトのコーチになった時のミーティングで初っぱなに『みんな、ここに伊勢っちゅうコーチがおるやろ、わしは(現役時代に)こいつを抑えた記憶がない。どういうふうに狙い球を絞って打っていたのか、ちょっと教えてくれんか』って言われたんですよ。『実は私、ヤマを張ったことがないんです』と言ったら、ノムさんは『えっ』って驚いていましたからね」
伊勢氏は「ノムさんは伊勢の狙いの裏をかこう、裏をかこうと配球していたそうですけど、私は裏も表も関係なかったんです」と笑うが、そんなタイプの選手が、指導者になってからは、その野村監督の影響を受けて、ID野球の伝承者になっていくのだからわからないものだ。近鉄時代に南海戦で快打を連発していた頃から始まっていた野村氏との関係。伊勢氏にとって、それも運命の出会いだったのかもしれない。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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