幻となった「中日・松井秀喜」 担当スカウトが見誤った”B評価”も…突然のオーナー指令
Full-Count / 2024年7月24日 6時50分
■鈍かった松井秀喜獲りへの動き…九州担当の法元英明氏は危惧していた
急きょ、頭を下げに行った。中日元外野手で伝説のスカウト・法元英明(ほうもと・ひであき)氏は1992年8月25日の出来事をよく覚えている。当時は九州地区担当スカウトだったが、突然、ナゴヤ球場に来るように言われた。球場内の会議室で加藤巳一郎オーナーと中山了球団社長から直接、指令を出された。中日が大きく出遅れていた石川・星稜高のスラッガー・松井秀喜内野手獲り。その巻き返しが新たな任務だった。
法元氏は1987年から九州地区担当となり、そこでもまた逸材発掘に全力を注いだ。1989年には鹿児島商の左腕・井上一樹投手を猛プッシュしてドラフト2位で指名した。「ええ球を投げていたよ。きれいな投げ方やったしね」。自身も現役時代に対戦した400勝左腕・金田正一投手(元国鉄、巨人)を思い浮かべたという。「バッティングも良かったけどね。セカンドの上を越えたなと思ったら、そのままスタンドまで行ったのも見た」。
プロでは故障もあって投手として伸び悩んだ井上は1994年、本格的に野手転向。「(2軍打撃コーチの)飯田(幸夫)だったかな。『法元さん、井上をバッターに変えたいと思います』と電話がかかってきた。『本人はどう言っているの』と聞いたら『本人もそのつもりです』って。『ちょっと代わってくれ』と言って井上と話した。コソコソっと「お前、ええんか。俺は金田が目標やったんやけどな」って。それでも本人はやるって言ったんでね」
井上は1998年から外野手として1軍に定着した。時間はかかったものの、プロで成功し、法元氏もうれしい限りだった。“松井問題”が起きたのは、そんな井上がまだ投手として奮闘していた1992年だ。星稜3年の松井は、8月16日の夏の甲子園2回戦・明徳義塾(高知)戦での5打席連続敬遠で注目度もさらにアップ。高校1年時から活躍する左の大砲は、その年のドラフトの超目玉と目されていた。だが、中日の松井への動きは鈍かった。
中日にとって“準地元”の北陸地区から出てきたスター候補。星稜は、長くエースとして君臨した小松辰雄投手の母校でもある。にもかかわらず、松井獲りに関しては大きく出遅れていた。「それまでの担当は松井にB評価をつけて、星稜にもまともに挨拶に行っていなかったらしい。自分は九州担当だったから、立場的に何も言えなかったんだけど、あまりに松井の話が出てこないから、そのうちえらいことにならんやろか、大丈夫かなとは思っていたんだけどね」。
■球団オーナーに命じられた“松井担当”…先行する3球団に追いついた
法元氏が球団から呼ばれた1992年8月25日は、西日本短大付(福岡)が拓大紅陵(千葉)を1-0で破った甲子園決勝の日で、ナゴヤ球場では巨人戦が行われていた。「僕が球場でオーナーと社長と話をしたのは巨人戦が始まる前だった」。そこで命じられたのが松井担当。九州地区のことは考えずに専念してほしいとのことだったという。「黙って話を聞いて『わかりました』ってなったけど、もう8月25日やからねぇ。勝手なことばかり言うなぁ、とは思いましたよ」。
それでも法元氏は「やれることはやろう」と動き出した。「まず星稜(監督)の山下(智茂)さんのところに行って『申し訳ありません』と頭を下げた。山下さんも中日はどうしたんだろうと思っていただろうからね。でも僕には昔と変わらぬ態度で接してくれたんですよ」。1977年の小松獲得の際も、法元氏がドラフト指名後に担当となって誠心誠意の交渉で入団にこぎつけた。そんな法元氏だったからこそだろう。
「松井本人とも話をしたし、松井家にも挨拶させてもらった」という。それまで松井には阪神、巨人、ダイエーの3球団が食い込んでいたが、何とか中日も入れてもらうことに成功した。交渉権を得れば、入団してもらえる状況に持ち込んだ。ドラフト本番まで3か月もない段階からの巻き返しだった。後は当たりくじを祈るだけだったが、11月21日のドラフト会議では4球団競合のなかで巨人・長嶋茂雄監督が松井を引き当てた。
中日は中山社長がクジに参戦したが、願いはかなわなかった。長嶋監督の強運には勝てなかった。「中山さんが悪いわけじゃないしね。こればかりは仕方がないことだからね」と法元氏は言う。これも運命と割り切るしかないが、当時を思い出しながら「あの時は大変やったなぁ」としみじみ。オーナー直々の指令だったのだから、かなりのプレッシャーもあったことだろう。「松井家の方々は紳士、淑女というかな、ありがたかったなぁ」と感謝の言葉も口にした。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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