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投球練習で青ざめた同僚…崩壊した自信 V候補が直面した初の感覚「松坂にのみ込まれた」

Full-Count / 2024年8月5日 7時10分

インタビューに応じるPL学園OBの上重聡さん【写真:小林靖】

■上重聡さんはPL学園のエースとして3年春の選抜で横浜高と初対峙した

 3月いっぱいで日本テレビを退社し、フリーアナウンサーとなった上重聡氏はPL学園のエースとして甲子園で活躍した。優勝候補として出場した1998年の選抜高校野球、準決勝で横浜高(神奈川)と激突。スコアこそ2-3の惜敗だが、初対戦となった相手エースの松坂大輔から受けた衝撃を「のみ込まれていった。初めての感覚だった」と振り返り、PL学園に「打倒・松坂大輔、打倒・横浜」の目標が確固たるものになったと明かした。

「我々はそれまでは相手を見下ろしていたというか、対等か下だろうなという感覚で野球をやっていたのですが、初めて目線が上がった。しかも同い年の投手。そこに衝撃を受けました。上がいた、と」

 優勝候補のPL学園は1回戦から樟南高(鹿児島)、創価高(東京)、敦賀気比高(福井)、明徳義塾高(高知)と強豪校を立て続けに破って駒を進めていた。いよいよ迎えた横浜高との準決勝。エース松坂大輔の噂は当然ながら耳に入っていた。「“150キロの怪物”みたいな報道は知っていたけど『そんなわけないやろ』みたいな」。だが、余裕は一瞬で消えた。

「試合前のブルペンでの投球練習で今まで見たこともないようなボールを投げていました。チームメートの顔が青ざめていくのが分かりました。相手のブルペンはベンチから対角線上にあったのですが、遠目に見ても凄さが伝わりました」

 プレーボールがかかるとチームメートはさらに青ざめていった。「空振りしたスライダーが体に当たる。高めのボール球を簡単に空振りする。仲間が戸惑っているのが伝わってきました。本当に怪物がいたんだなと」。

 PL学園は6回に2点を先制したが、8回に無死二塁のピンチを招くと、この大会で400球以上を投げていた背番号「1」の上重氏がマウンドに上がった。「横浜高は1個上のレベルの野球をしている感覚で、自分たちは終始押されていました。リードしているけど絶対にこのままでは終わらない。これまで4試合を戦ってきたので、甲子園にのまれるというよりは横浜に、松坂にのみ込まれていきました。初めての感覚でした」。

■2-0のリードも「気づいたら負けて終わっていた」

 代わったばかりの上重氏は四球と犠打で1死二、三塁とすると4番・松坂を迎えた。インハイへの速球で三ゴロに打ち取ったかと思われたが、三塁手の本塁への送球はホーム突入を狙っていた走者の背中に当たった。ボールが転々とする間に2者が生還して同点となった。そして9回に決勝スクイズを決められて敗れた。

「打ち取った、背中当たった、同点だ。次の回スクイズされた、負けました、みたいな。ズルズルと負けに引きずられていったというか、気づいたら負けて終わっていた。何も抵抗できずに終わっていました」。横浜高にすれば、まるで“予定通り”でもあったかのような、PL学園の逆転負けだった。

「スコアが2-3だったので1点差で惜しかったとかよく言われるのですが、そんな感じではないんです。完全に力負けです。松坂は凄かったし、横浜高校も強かった。PL学園は逆にそうであれ、という立場だった。王者であれ、と。それが圧倒されて完敗。こっちはPLの背番号1だぞ、という気持ちでいったけど、まんまと跳ね返されました」

 プライドを引き裂かれた名門校。ただ、この日の敗戦でPL学園は変わったという。「合言葉が『打倒松坂、打倒横浜』となった瞬間でした。あの投球を見せられるとPL学園だけでなく、どこもそうなると思います。よく、松坂世代のレベルが高いと言われますけど、明らかにそこが理由だと思います。目指すところが急に高くなったわけです。今まで高尾山しか見ていなかったのに、富士山を見せつけられた、みたいな感じですね」。

 全員に確固たる目標ができた。この年の夏、日本中を感動させた延長17回の死闘へ繋がる、価値ある敗戦となった。(湯浅大 / Dai Yuasa)

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