伝説の激闘は「最高の負け方」 マウンドで交わした“会話”…松坂大輔との「次はお前」
Full-Count / 2024年8月8日 7時10分
■元PL学園のエース、上重聡さんが横浜高との伝説の試合を語った
全国高等学校野球選手権大会は今年で106回目を迎えた。長い歴史の中で今でも名勝負として語り継がれるのは1998年8月20日の準々決勝、PL学園と横浜高による延長17回、3時間37分の激闘だ。当時のPL学園のエースだったフリーアナウンサーの上重聡氏は“終わらない延長戦”を「ずっと続けばいいのに」と思いながら投げていたなど、Full-Countのインタビューで思い出を語った。
5-5で突入した延長戦。前日19日の3回戦で127球を投げていた背番号1の上重氏は、7回から登板。マウンドでは不思議な感覚を覚えていたという。
「野球をやっていて初めての感覚でした。勝ちたいとか、負けたくないとかあまり思わなかった。延長に入って松坂大輔の凄みは増していきました。うなりを上げるようなボールに“きたきた、これが本当の松坂だ”と。彼は3者凡退、私は走者を出しながらなんとかゼロ。それが本来の2人の力でした」
高校野球は3アウト目となったボールをマウンドのプレート脇に置いて、攻守交代するのが通例だ。「実際にしゃべってはいなかったのですが、置かれたボールを通して会話をしているような気持ちでした。『俺は抑えたから、次はお前』みたいな」。
春の選抜大会での準決勝では2-3で敗れた。点数だけみれば惜敗もPL学園ナインにとっては「松坂に圧倒された。まんまと跳ね返された」とスコア以上の実力差を痛感。だからこそ、緊迫の投げ合いは「すごく嬉しかった。春はまったく歯が立たない感じだったので」と胸中を明かした。
インタビューに応じるPL学園OBの上重聡さん【写真:小林靖】
■延長17回に決勝2ランを被弾「正直、あの時点で終わったなと」
真夏の第1試合となった両雄の対決。時間の経過とともに気温は上昇していく。「暑いと思うことすらもったいなかった。楽しまなきゃもったいない。ずっと続けばいいのにと思っていました。大輔は『早く終わればいいのに』と思っていたみたいですけど(笑)」。
忘れられない光景がある。試合開始直後は空席が目についたが、延長突入後、気がつけば超満員。スタンドの売り子ですら、階段通路に座って試合に見入っていたという。「仕事を投げ出してまでも見たくなったんでしょうか、その姿はすごく残っている。“売り子さんが座っちゃっているよ。それくらいすごい試合をしているんだ”と実感したのは覚えています」。
試合は延長11回、16回にそれぞれが1点ずつを取り合った。甲子園には魔物が棲んでいるという。上重氏は「私は甲子園の魔物は観客の皆さんだと思っています。1点取られると『今度はPLのお前らがやれよ』『まさか、このまま終わらないよな』みたいな雰囲気を作ってくれる。その空気はリードされている側からすれば背中を押してもらえるし、逆にリードしている側からすれば迫ってくるような感覚になるんです」。
上重氏らは魔物を味方に、時には敵に回しながら死闘を繰り広げた。そして迎えた17回。2死から味方の失策で出塁を許すと次打者への初球、途中出場の常磐良太に右中間スタンドへ運ばれる決勝2ランを浴びた。
「自分の中でも負けの方に吸い込まれていったというか、(失策後に)自然の流れで投げてしまった。終わりが決まっていて、そこに進んでいったみたいな感覚でした。投げた瞬間にちょっとスローになって常盤の振ったバットにボールが吸い込まれていって……スローモーションでボールが飛んでいって、観客の大歓声が聞こえる、みたいな。延長に入って、今までの1点を取られた時とは仲間の野手の顔が違いました。正直、あの時点で終わったなと」
■「清々しい気持ちで球場を去ることができました」
上重氏はマウンドに膝をついて打球の行方を見守っていた。「試合後の映像を見て、膝をついていたことを知りました。自分の中では立ったまま呆然と見送っている感覚でした。人間、ショックなことがあると膝から崩れ落ちるというのは、こういうことなんだなと思います」。その裏の攻撃に臨んだPL学園に、もはや2点ビハインドを跳ね返す力は残っていない。こうして3時間37分の死闘は終わった。
「最高の力を出せました。延長17回までやって、たまたま負けたけど、これ以上出せるものはないです。負けたけど、自分たちがやってきたことは間違いじゃなかったと証明できました。充実感があって、清々しい気持ちで球場を去ることができました。これ以上の試合はできません。全てを出せた感覚。言い方はおかしいかもしれませんが、最高の負け方でした」
春の選抜大会での完敗から始まったPL学園の“打倒・松坂大輔”の物語は幕を閉じた。まさに完全燃焼。“敗者”は笑顔だった。(湯浅大 / Dai Yuasa)
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