父母会の当番に衝撃「全員は無理」 会費抑えて負担減…野球衰退止める“積極的合併”
Full-Count / 2024年10月9日 7時5分
■時代に合う運営で10年…栃木・佐野市の小学生軟式野球「田沼アスレチックBBC」
15年前には全国で1万5000あった小学生の学童軟式野球チーム数は、現在、9800余りにまで激減している。その数字だけを見れば「顕著な野球人口減少」という言葉が思い浮かぶが、決してネガティブな側面だけで捉えてはいけない。地域の小学生野球を再び盛り上げようと、“積極的合併”によって時代に合った運営の形を築いたチームもある。栃木・佐野市の「田沼アスレチックベースボールクラブ(BBC)」も、その1つ。10年前、創設に携わった夫妻の奮闘ぶりを紹介する。
田沼アスレチックBBCは10年前、同市の地域型総合スポーツクラブ「NPO法人 たぬまアスレチッククラブ」(TAC)を母体として発足し、現在の部員数は54人と県内有数の規模。「全日本学童野球大会マクドナルド・トーナメント」の県予選でも2年連続準優勝と、“小学生の甲子園”にもあと1歩まで迫っている。
チーム発足の契機となったのは、代表を務める金井田貴さん・厚子さん夫妻が実感した強烈な“危機感”だった。
2人とも地元・旧田沼町の出身で、貴さんは足利工業で4番を務めた野球経験者、厚子さんはソフトボール経験者。幼児たちにティーボールを教える活動をTACで行っていたが、長男が本格的に学童野球を始めてみると、地域の現状に愕然としたという。
「登録メンバー表を見ると、僕の出身も含めて、どこのチームも選手数が少なくなっていたんです。以前、事務局を手伝っていたソフトボールでも、名簿がどんどん減り続けていくのを目の当たりにしていたんですが、野球でも同じことが起こっていて『このままだと、数年後にはどのチームも消滅してしまう』と感じました」(貴さん)
少子化の影響は確かにあるとはいえ、それ以上の“加速度的衰退”だ。果たして、何が要因か。それを親の立場として体感していたのが厚子さん。一番のネックと感じたのが父母会の存在だった。
「監督・コーチへのお茶出しや食事の用意など、ここまで親が関わらなければいけないのかと衝撃を受けました。会の皆さんは一生懸命やられていましたし、全てを否定するわけではないのですが、小さい子どもを連れての当番はとても大変ですし、果たして、これがどの親もできるものかと考えたら、とてもじゃないけれど無理だろうと思いました」
全日本学童大会の県予選では2年連続で準優勝【写真:チーム提供】
■保護者に“強制しない”形を…「親が楽しければ、子も楽しく野球ができる」
子どもが野球をやりたいと言ったところで、保護者が「負担が大きい」と感じれば、積極的にやらせるわけがない。共働きが増えるなど家庭環境も変わる中、野球離れ食い止めのために何をすべきか。2人が考えたのが、選手減に苦しむ地域のチームを合併し、時代に合った運営のクラブを立ち上げることだった。
貴さんは、2013年秋から月1回、各チームに声をかけ説明会を開催し、自分たちの思いを粘り強く説明した。「今考えるとよくできたなと思いますが、ソフトボールの時に何もできなかった申し訳なさもあり、スイッチが入りましたね」。同様に野球衰退に危機感を覚え、共鳴してくれる人たちが多かったのは幸いだった。
こうして2014年8月、4チームが合併して創設された田沼アスレチックBBCには、夫妻の様々なアイデアが詰め込まれている。
例えば、トップチームに加えて「TAC-Neo」「TAC-with」と、レベル別で3チームで構成していること。トップで控えにいるより、下のチームで試合経験を積みたい高学年もいる。選手が“選べる余地”を増やしてあげたのだ。
母体クラブのTACの協力で、家庭の出費を年会費7500円のみに抑えて負担を減らした。一方で、監督・コーチは年1万4000円を支払うのもユニークだ。1つの“ハードル”を設けることで、お金を払ってでも教えたい、自分の子だけでなく、他の子も平等に面倒を見たいという責任感を醸成させるためだという。現在、スタッフは20人。月1回のミーティングで意見をすり合わせ、指導方針に反映させて、やりがいを感じてもらうことも忘れない。
そして何よりも、厚子さんが一番の負担と考えていた父母会の“禁止”だ。「土日に仕事がある親の子でも、母子家庭の子でも、野球をやらせてあげられる環境を作りたかったんです」。当番がない分はスタッフの指導者が動けばいいし、水筒の補充など、できることは選手たち自身がすればいい。むしろ、その方が自主性・主体性も育める。
「練習を見学するのも自由ですし、自分の時間に使ってもらってもいい。とにかく強制にならない形にしたかったんです。親が楽しければ、子どもも楽しく野球ができますから」。厚子さんは自身の経験も生かして母親たちの相談役も務め、選手への補食などの栄養指導にも力を入れている。
チーム代表を務める金井田貴さん(右)、厚子さん夫妻【写真:高橋幸司】
■「子どもが野球をやるために必要なことだけをする。それ以外は、全部省く」
新たな形で船出したものの、当初は「いい選手を集めて強いチームを作りたいだけだろう」と訝しむ声もあったという。それでも夫妻の思いは徐々に伝わり、募集をかけずとも、毎年コンスタントに市外からも選手が集まるクラブとなった。夏場には60超のチームを集めての交流大会を開くなど、県内の小学野球の盛り上げにも努めている。
「子どもがグラウンドで野球をやるために、必要なことだけをする。それ以外は、全部省く。そこがスタート地点。ちょっと頑張ればそういう環境は作れるはずです」と貴さん。最近では遠征先でお茶を出されることも減り、少しずつ時代が変わってきているとも感じている。
チーム合併には痛みも伴う。消滅した貴さんの“故郷”も、田沼地区で一番の実力で35年の歴史があった。「なくなったチームの分の思いもある。やるからには絶対に10年は続けて、OBが戻って来られる場所を作るという責任感でやってきました」。次に願うのはクラブを、地域の学童野球界を、さらに発展させてくれる“後継者”。「私たちが思い付かないようなアイデアで、いい方向に新しい風を吹かせてもらえれば」と厚子さんは語る。
もしその願いが叶ったら、次に2人はどこへ向かうのか? 「中学部活の地域移行の手伝いもありますが、やっぱりもう一度、ティーボールに戻りたいですね」と笑う貴さん。華やかな高校野球も、大学・社会人、そしてプロ野球も、日本の野球界は草の根の人たちに支えられている。(高橋幸司 / Koji Takahashi)
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